あでやかな松づくし、松原正樹をめぐるからっとした個人的メモリー

「Featuring Masaki Matsubara on guitar solo」

レコードの帯に書かれたこのフレーズを、高田馬場の中古レコード屋「タイム」で見て、その破格の扱いに驚いている私は大学２年生。1987年のことだ。

その LPレコードは、松任谷由実『時のないホテル』。リリースは、私が驚いたときからさかのぼって７年前の1980年。

ビジネス的全盛期を迎えるのが80年代後半以降とは言え、それでも天下のユーミンである。そのユーミンのレコードの帯に、他のあれやこれやを差し置いて名前が出るのだから、当時の松原正樹の名前が、いかに別格的だったかが分かる。

「別格的」を言い換えると「高い音楽性を示す記号」。「松原正樹が弾いているのだから、クオリティの高い音楽なのだろう」と信じさせるほどの。

1980年当時、中学２年生の私も、その名前は、FM雑誌などで、何度か目にしていた――「松原正樹」というギタリストを擁した「PARACHUTE」（パラシュート）というフュージョンバンドが、どうもオシャレでイケてるらしい。

しかし、ビートルズやレッド・ツェッペリンに首ったけの大阪の中学生には、それは正直、遠い世界の話だった。

もちろん、無意識に聴いてはいた。

中学１年生のときに大好きだった松原みき「真夜中のドア」のエンディングや、おそらく松原正樹の名演の中でも一、二を争うほど有名な松山千春「長い夜」もしっかり聴いていた。しかし、それらが、松原の名演だということを知ったのは、ついつい最近のことだ。

話はまた７年後に戻る。大学２年生の私は、その「松原正樹」とやらのギタープレイを、遅ればせながら確かめようと、『時のないホテル』のレコードに針を落とす。

正直、思っていたよりも、ギターが前面に出ている曲が少なく、肩透かしにあった。ただ、その数少ない「Featuring Masaki Matsubara」度の高い曲が、実に良かったのだ。

「セシルの週末」と「よそゆき顔で」――。

特に「よそゆき顔で」だ。神奈川県横須賀市にある岬＝観音崎（かんのんざき）を舞台とした、今様に言えば「マリッジブルー」をテーマにした曲。松原正樹による、ディストーションのかかったハムバッキングのギターが、ステレオの左右に振り分けられ、いかにも1980年な音になっている。

今から考えれば、あの音・そのアレンジには、ある意味「アメリカ西海岸の PARACHUTE」とも言える TOTO が意識されていることが分かる。「日本のスティーヴ・ルカサー」的な立ち位置を、松原正樹が松任谷正隆から任せられていたことも。

三浦半島の東海岸と、アメリカの西海岸。それをつなげているのは、松原正樹による、歪みながらもからっと乾いたギターサウンドだ。

それから時をぐっと引き寄せて、2015年の８月21日に東京国際フォーラムで行われた松本隆 作詞活動45周年記念 オフィシャル・プロジェクト『風街レジェンド2015』というコンサートで「動く松原正樹」を見た。

その翌年の2016年２月８日、松原正樹がこの世を去る。十二指腸がんだったという。その話を受けて、同年５月、連載していた『水道橋博士のメルマ旬報』において、松田聖子「時間の国のアリス」（1984年）に絡めて、私はこう書いた。

――「時間の国のアリス」に話を戻せば、間奏のギターソロは「ザ・松原正樹」。その音色は、80年代の日本をカラフルにパワフルに染めたギターサウンド。本年２月８日死去。享年61。松原正樹・ザ・グレート・ギタリスト。

以上、松原正樹をめぐる個人的なメモリー。それにしても、あまりに短い生涯だったにもかかわらず、書いていて、じめっとした気分にならないのはどうしたことか。

もう一度読み返して、その秘密が分かった気がした。この文章の登場人物＝松原正樹、松任谷由実、松原みき、松山千春、松任谷正隆、松本隆、松田聖子… 何とあでやかな「松づくし」。そりゃ、じめっとはしないはずだ。

2019.02.08