7月29日

ホール&オーツが80年代に大ブレイクするまでの長い長い道のり

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ダリル・ホール&ジョン・オーツのアルバム「モダン・ヴォイス(Voices)」が米国でリリースされた日
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photo:SonyMusic  

リ・リ・リリッスン・エイティーズ ~ 80年代を聴き返す ~ Vol.18
Daryl Hall & John Oates / Voices


ダリル・ホール&ジョン・オーツ、9作目「モダン・ヴォイス」でブレイク


“Hall & Oates”の売れるまでの道のりは非常に珍しいパターンで興味深いです。なぜなら、1972年のデビュー以来、アリフ・マーディン(Arif Mardin)、トッド・ラングレン(Todd Rundgren)、デイヴィッド・フォスター(David Foster)という錚々たる俊英プロデューサーたちの力を借りたアルバム群がいずれも、満足と言えるほどの売上成績を残せなかったのに、外部プロデューサーに頼ることをやめた途端、いきなり売れ始めたのですから。

その初めてのセルフプロデュース作品が1980年にリリースされた『Voices』。既に9作目のアルバムでした。全米チャートこそ最高17位と大したことはなかったのですが、100週間、つまり約2年もの間、200以内にランクインし続けるというロングセラーで、彼らの音楽がようやく全米そして世界の人々にしっかりと受け止められたのです。続く『Private Eyes』(1981)は5位、『H2O』(1982)は3位と勢いは止まらず、結局80年代を代表するアーティストのひとつと言われるまでになりました。

70年代の8枚のアルバムがダメだったわけではない


70年代のモヤモヤがウソみたいです。とは言え、70年代の作品がダメだったということは全然なかったし、売上もそれほど悪かったわけではありません。各アルバムの「ビルボード200」チャートの成績推移を見てみましょう。

■ 1st『Whole Oats』1972 produced by Arif Mardin チャートインせず
■ 2nd『Abandoned Luncheonette』1973 produced by Arif Mardin 33位
■ 3rd『War Babies』1974 produced by Todd Rundgren 86位
■ 4th『Daryl Hall & John Oates(サラ・スマイル)』1975 produced by Christopher Bond, H&O 17位
  シングル「Sara Smile」が全米4位
■ 5th『Bigger Than Both of Us(ロックン・ソウル)』1976 produced by Christopher Bond 13位
  シングル「Rich Girl」が全米1位
■ 6th『Beauty on a Back Street(裏通りの魔女)』1977 produced by Christopher Bond 30位
■ 7th『Along the Red Ledge(赤い断層)』1978 produced by David Foster 27位
■ 8th『X-Static(モダン・ポップ)』1979 produced by David Foster 33位

それにしても、毎年律儀にアルバムをリリースしていますね。しかも3rdと4thの間では、アトランティックからRCAに移籍もしているのに。

で、この成績。微妙ですよね。ランク外あるいはチャート下位が続くのであれば、周りも本人たちも分かりやすく諦めムードにもなるんでしょうが、一応ある程度まではいってる。作品のデキもいいですから、悩んでしまいますね。「なんでもっと売れないんだ」「次こそは…」と焦る気持ちが、この毎年リリースにつながっていたんでしょうか。

この中で、私の感想ですが、3rdと6thはあまりいいとは思えないんですよ。で、あとからは何でも言えるというずうずうしさを自覚の上で、この70年代Hall & Oatesヒストリー舞台裏を勝手に妄想してみていいですか。

ホール&オーツの70年代をたどる妄想ヒストリー


1st『Whole Oats』と2nd『Abandoned Luncheonette』はまず、本人たちも周りも、どういう音楽を創っていきたいのかという明確な方針が見えなかったんじゃないかな? アトランティックはソウル / R&Bが得意なレーベルですが、なのに、後に「ブルー・アイド・ソウル」の典型みたいに言われるHall & Oatesが、この2枚ではそんなにソウルっぽくない。フォーキーなポップって感じです。とりあえず、フレッシュで有能な青年たちの歌を、アトランティックのハウスプロデューサーであるアリフ・マーディンが上質のポップサウンドで包んであげた、というような作り。もちろんマーディンのアレンジ力は抜群で、曲も悪くないし歌はうまいので、2枚とも素晴らしい作品に仕上がっています。ただ、別にホールでなくてもオーツ(ほんとは“オウツ”なんだけど)でなくてもいいかもね、ってところが弱点かなと…。

それで自分たちの色をはっきりさせようと思ったのか、3rd『War Babies』ではロック寄りにカジを切ります。プロデュースをトッド・ラングレンに依頼した理由は分かりませんが、この人はアーティストとの相性によってデキが全然違うような気がしますね。この場合は完全に失敗です。歌のメロディをシンプルにし過ぎて(それがロック風との勘違い?)、Hall & Oatesの歌のうまさも活かされなくなってしまった。結局魅力が減っただけの、間違いだらけの方針選びで、売上もガタ落ち、アトランティックからも見放されてしまいました。

RCAに移籍して心機一転、そろそろ結果を出さなくては。… 新たに組んだクリストファー・ボンドというプロデューサーはどんな人なのかよく分からないのですが、自分たちも共同プロデュースに名を連ねたのが彼らの意気込みを示しています。この4th『Daryl Hall & John Oates(サラ・スマイル)』はよかった。今度はソウル / R&Bです。アップテンポの曲はモータウンを彷彿とさせ、バラードはメロディアスで、彼らの、特にホールの歌唱の魅力が存分に発揮されました。ようやく自分たちの進むべき道が見えた… ここに来てアーティスト名をタイトルにしたことに、その自覚が現れている気がします。「Sara Smile」というシングルヒットもあって、アルバムは17位に。

当然、次の5th『Bigger Than Both of Us(ロックン・ソウル)』も同路線。B面後半がちょっと失速気味で、4thに比べるとやや物足りなく感じますが、シングル「Rich Girl」は初の全米1位獲得に相応しい佳作。前作でファンも増えたのか、アルバムも13位にまで達しました。

ところが、6th『Beauty on a Back Street(裏通りの魔女)』がつまらない。ボンドと組んでの3枚目ですが、関係悪化などがあったのでしょうか。4thに比べると明らかに歌に勢いがないし、全体の音像までなんだか弱々しい。ここで力作を投ずればおそらくベスト10は間違いなかったでしょうに、せっかくの上昇機運を自らぶち壊してしまい、30位止まり。

そしてまたプロデューサーをチェンジ。デイヴィッド・フォスターの登場ですが、この1978年頃は彼もまだ駆け出し。実はこの7th『Along the Red Ledge(赤い断層)』から大きな変化があったのですが、それはミュージシャンをライブでのバンドメンバー中心にしたこと。それまでは全ていわゆるスタジオミュージシャンを使ってきたのでした。バンドでレコーディングという形に対応してくれるということで、彼らより年下のフォスターになったのかもしれません。まあフォスター馴染みのジェイ・グレイドン(Jay Graydon)やスティーヴ・ポーカロ(Steve Porcaro)もゲストで入ってはいますが。

で、フォスターは7thと8thを手掛けたのですが、8th『X-Static(モダン・ポップ)』は名盤だと思います。以前このコラムで、フォスターがジェイ・グレイドンと組んだ“Airplay”の同名アルバム(1980)についても書きましたが、70年代末はフォスターにとっての大きな転換期&成長期だったと思っています(『デイヴィッド・フォスターとジェイ・グレイドン、エアプレイが残した唯一のアルバム』を参照ください)。7thから8thへのアレンジの進化がすごいのです。8thは一聴してカッコよく、何度聴いても飽きが来ないというレベルに達していると思います。78年から79年の1年で、何かを摑んだとか、悟ったとかあるんじゃないでしょうか。

だけど、“大御所”になってからは、シンセべったりな、何と言うか“ふてぶてしい”音作りが増えて、それはあまり好きじゃないんですがね。私にとってのフォスターのピークは1980年を中心とする2,3年です。

8thでも同じくバンドをメインに使っているんだけど、違うのはメンバーが替わったこと。リードギター、ベース、ドラムという主要メンバーが全て替わって、順にG.E.スミス(G.E. Smith)、ジョン・シーグラー(John Siegler)、ジェリー・マロッタ(Jerry Marotta)という、『Voices』以降の強力ラインナップが揃いました。彼らの瑞々しく潑剌とした演奏もサウンドの強化に大きく貢献しています。

だけど豈図らんや、現実は厳しく、なぜか7thよりも8thのほうがチャート順位が下がってしまいました。原因のひとつはディスコブームだと言われています。1978~79年は猫も杓子もディスコでした。ラジオなどのメディアもディスコにほぼ独占されて、Hall & Oatesのようなポップロックは肩身が狭かったのです。

「モダン・ヴォイス」の勝因


さて9th『Voices』。彼らはフォスターとも離れ、ついに自分たちだけで創ることにしました。音楽的な方向は4th『Daryl Hall & John Oates』で摑んだソウル / R&Bでいい。それをロックテイストで演る。それには今のバンドが最高だ。だったらもう外部プロデューサーは要らないのでは?…そんなことを考えたかどうか。そしてその時出会ったのが英国出身のレコーディング・エンジニア、ニール・カーノン(Neil Kernon)でした。

出会いの経緯は定かではありませんが、Hall & Oatesバンドのドラマー、ジェリー・マロッタが1976年にしばらくオーリアンズ“Orleans”というグループに参加していたのですが、オーリアンズの『Orleans』(1980)というアルバムにカーノンが関わっており、その人間関係から、いいエンジニアがいるという情報が伝わったのかもしれません。

彼の起用は非常に大きなプラスとなりました。彼の音センスがHall & Oatesの音楽と見事にはまり、俄然当時の最先端のサウンドとなって、リスナーの耳を激しく刺激したのです。言葉で表すのは至難ですが、広がりではなく高密度、歌も楽器もエネルギッシュな響きで前に飛び出してくるような音。それは次の『Private Eyes』でさらに顕著になるのですが、『Voices』でもこの音響的インパクトが、売上そのものを牽引する大きな要因となったんじゃないかと考えています。

一方、アレンジ面ではシンプルになりました。悪く言えば平凡。音楽的なクオリティの点では間違いなく、『Voices』よりも『X-Static』のほうが優っていると思いますが、アレンジがシンプルになった分、「ソウルフルな歌唱&メロディとロックサウンド」というHall & Oatesの個性が、より鮮明に分かりやすくなっていることは確かです。だから、それまで関心がなかった人々を含め、広範囲に彼らの魅力が理解されていったのでしょうね。

70年代のモヤモヤした日々はさぞ辛かったでしょうが、結果的にはお釣りがくるくらい成功できたし、ちょうど80年代の頭に逆転タイムリーヒットという鮮やかさによって、ポップス史においてもちょっと珍しい成功物語となりました。めでたしめでたし。



2021.05.20
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カタリベ
1954年生まれ
ふくおかとも彦
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