6月25日

プリンスのバラード「パープル・レイン」実はカントリー&ウェスタンだった!

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1984年、メインストリームに侵入した黒人スターたち


1984年は「黒人革命」の年だった。

2月にはRun-D.M.C.がセルフタイトルのファーストアルバムでヒップホップ・アルバムとして初めてのゴールドディスクを獲得し、6月にはNBAのシカゴ・ブルズがマイケル・ジョーダンをドラフト一位に指名。11月にはデフジャム・レコードのシングル第一弾としてLL・クール・Jが「アイ・ニード・ア・ビート」をリリースし、12月には『ビバリーヒルズ・コップ』でエディ・マーフィーはスーパースターになった。

これらの黒人スターに共通するのは―― まさにマイケル・ジョーダンのプレイのごとく―― 楽々と、優雅に、しかもエッジのきいたポップさで白人支配のメインストリームに侵入してしまったことだろう(無論、前年までにマイケル・ジャクソン『スリラー』の波及効果あってのことだが)。

グレッグ・テイトというカリスマ的な黒人ライターは、プリンス、エディ・マーフィー、そしてジャズのウィントン・マルサリスが同時期に台頭してきた現象を踏まえ、こう書きつけた。

「現在は60年代以降でいちばん顕著に、黒人のアメリカ人によるクロスオーヴァー現象が起こっている」

黒人が「白さ」をアピールし始め、それが「クール」とさえなってきたのだ。

カントリー&ウェスタンだった、プリンス「パープル・レイン」


プリンスの1984年発表の名曲「パープル・レイン」も例外ではない。というのも、この曲は元々カントリー&ウェスタンとして書かれた曲で、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったフリートウッド・マックのスティーヴィー・ニックスと共演するために作られたのだから。

「えええ!?」と僕など最初驚いてしまった。プリンス流の黒人霊歌とも聞けるこの曲(というのもシングルB面は「ゴッド」)が、よりによってケイジャン・ミュージック(白人音楽)の最右翼のようなカントリーとクロスオーヴァーしていたとは。

プリンスも崇拝するPファンク総帥ジョージ・クリントンもこの “白さ” に感づいて、以下のように評している――

「「パープル・レイン」を聞くといつも、カントリー・ミュージックを歌うジミ・ヘンドリックスを思い出す。エフェクターのスイッチを全部切ってさ。あれはカントリー&ウェスタンの曲だ」

マジですか。

創作過程で新参ギタリストのウェンディ・メルヴォワンがカントリー調からどんどん引き離していって実験的に仕上げたらしいが、B♭の3度を2度に置き換えた冒頭の聞きなれないコードや、ジミヘンばりに壮絶なプリンスのギターソロやロボット的に早口なボーカル(有名な冒頭の「I never meant to cause you any sorrow」)など人工的な部分を除けば、全体にたしかにのどかなカントリー&ウェスタン調のコード進行をしていることに気づく(フィドルやスチールギター伴奏を脳内再生してみてほしい)。

「パープルレイン」親しみやすさの正体とは?


そして「パープル・レイン」=カントリー説を裏付けるように、カントリー界の大御所ドワイト・ヨアカムがこの曲をブルーグラス調にカバーしてアルバム『Swimmin’ Pools, Movie Stars...』(2016年)に収録したし、カントリーの女王シャナイア・トゥウェインもプリンスが自身の曲を2曲カバーしてくれたことから、「パープル・レイン」のカントリー起源説を主張。さらには黒人カントリー歌手のダリアス・ラッカーも「パープル・レイン」からの強い影響を公言してたりする(映画版を一緒に観に行ったガールフレンドが「いまいち」と言ったためその場で別れたという)。

というので、「パープル・レイン」はその後の実験的改変にも関わらず、そこはかとなくプリンスのカントリー趣味が漂う1曲であることが、カントリー歌手達からの愛され方からも分かってきたと思う。そのあたりがこの曲の馴染みやすさの正体なのかもしれない。カラオケ批評家のロブ・シェフィールドによれば、この曲はカラオケで一番選ばれるプリンスの曲だが、歌と歌の間が長いのでその空白に持ちこたえられる舞台度胸やカリスマ性がないと、気軽には歌えない難しい曲だという。とはいえ、シェフィールドはこうも言っている。

「平凡で普通な声に向いた曲なんだよ。我々カラオケファンの大部分が持っているような声さ。もちろん私含めて」

なるほど、思わず口ずさんでしまうサビの「♪ パーポーレーン、パーポレン」はシンプルで誰でも自由に歌いこなせる余地がある。そして、この部分が、何を隠そうもっともカントリーっぽい部分なのだ。プリンスはカントリーを織り交ぜることで、この稀代のパワー・バラードに親しみやすさを加えることに成功したのかもしれない。

黒人とカントリーの融合、その現代的意義


最後に、現在からの視点を導入したい。黒人ラッパーのリル・ナズ・Xは「オールド・タウン・ロード」(2019年)という、カントリー&ウェスタンとヒップホップを融合させた曲で大ブレイクし、リルが黒人カウボーイとして登場するこの曲のMVのYoutube再生数は7.5億回を超えている。

“カントリー・ラップ” というサブジャンルに属する曲と言え、古くはパーラメントの「Little Ole Country Boy」のようなヨーデルボイスで戯れる楽曲にまで遡れる長い伝統がある。

こうした白黒融合文化が注目される背景として、TwitterやTiktokで流行している「ブラック・カウボーイ運動(Yeehaw Agenda)」の存在が挙げられる。黒人コミュニティ内でカウボーイの恰好をするというものだが、単なるコスプレを超えて、いまや政治的な意味合いを持っている。

というのも、白人オンリーと思われたこの西部劇の主役であるカウボーイには、黒人もかなりの割合で存在していたことが研究で判明したからだ。それゆえ、黒人であるプリンスが、白人音楽の象徴たるカントリー&ウェスタンを「パープル・レイン」の下敷きにしたことは、現在視点で見ても、極めて先駆的な試みだったということが分かるのであった。



2021.06.07
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カタリベ
1988年生まれ
後藤護
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