6月25日

6月7日はプリンスの誕生日 - 伊藤銀次が選ぶアルバム三部作はコレだ!

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伊藤銀次がサウンドのかっこよさに惹かれた、プリンス「1999」


僕がはじめてプリンスの存在を知ったのは、1982年にリリースされたアルバム『1999』。タイトル曲の「1999」をラジオで聴いたか、小林克也さんのベストヒットUSAだかで映像もいっしょに見たのだったかの記憶は定かではないが、そのサウンドのかっこよさに惹かれて、すぐに2枚組のこのアルバムを買いに走ったよ。



タイトル曲の「1999」や大ヒットした「リトル・レッド・コルヴェット」は、それまでの黒人音楽にはなかった、シンセを普通のキーボード替わりに使った、まさに80年代型の新しいポップロックという印象だったけれど、僕の耳や目には、ホーンセクションはメンバーにいなかったものの、彼のバンドが黒人白人混合だったり、メンバーに女の子がいたりするのが、どことなく60年代末期から70年代初期に活躍したスライ&ファミリー・ストーンを思い起こさせて、さらに興味が沸いた。

伊藤銀次のプリンス三部作とは?




そして、彼の存在が僕の中で決定的になったのは、たぶん皆さんもそうだと思うけど、1984年にリリースされたアルバム『パープル・レイン』だった。これは彼が初主演した映画のサントラという形になっていたので、動く彼を、音だけじゃなく視覚からもプリンスをさらに知ることになった衝撃の映画。特に映画のラストシーンに演奏されたタイトル曲「パープル・レイン」がすごかった。シンガー、作曲家、編曲家としてもすでに才能の片鱗を見せていたプリンスが、この曲で見せてくれたギタープレイに僕は完全に打ちのめされたよ。まるでジミ・ヘンドリックスの生まれ変わりかと思ったくらいのぶっ飛んだギタープレイ!!

そして続くアルバム『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』では、ビートルズの「サージェント・ペパーズ」や、横尾忠則さんを思わせるポップアートなジャケットも含めて、どこか60年代のフラワー・ムーブメントやサイケデリック・ロックを連想させるアプローチでさらにワクワクさせてくれた。    

2016年に亡くなるまでに、40枚以上ものアルバムをリリースしてきた多作な彼の作品はどの時期もすごいけど、その中でも、この3枚の時期が一番好きで、この3枚が僕の中での “プリンス三部作” なのだ。

約束事に縛られない曲作りを果たしたプリンスの音楽家魂




プリンスの音楽の魅力をひとことで語るのはむずかしいが、あえていうなら、黒人なのでソウルミュージックに基盤を置いてはいるけれど、スライやジミヘンがそうであったように、あらゆる既製の約束事に縛られないで曲作りすることにあったと思う。その姿勢は、この頃、原田真二君や大沢誉志幸君など、日本のロックシーンをリードしていた才気あふれるミュージシャンたちにも多大な影響を与え、現在のJ-POPシーンでは考えられないほど刺激的で斬新なサウンドが日本でも生まれていた。

とかく何かに夢中になってばかりの人間のことを “オタク” と呼ぶ風潮があるようだけど、そういう意味では、プリンスはまぎれもない “音楽オタク”。画家のピカソは生きている間、とにかく絵を書き続けていたようで、同様にプリンスも常に曲を作り続けていた多作家。それもヒットを飛ばしたいというわかりやすいモチヴェーションからではなく、もっと内実からわきあがってくる音楽家魂みたいなものがそうさせていたのではないだろうか。

ティム・バートンとプリンス、「バットマン」で共演したふたつのオンリー・ワン




昔、プリンスの2本目の主演映画の『プリンス / アンダー・ザ・チェリー・ムーン』をレンタル屋で借りて見たとき、確か結婚式みたいなシーンだったかで、共演の女性と並んでるのをみて、おや、かなり背が低いんだな… と思ったことがある。そのときアメリカ人にしてはかなり背が低い彼が、そのことををハンディとしないで、スターダムにのしあがっている事実に、逆に彼の音楽的才能のすごさを思い知った瞬間だった。なにかで読んだけど。若い頃はいじめられたりコンプレックスがあったらしい。

ポップなおどろおどろしさで映画界の寵児となったティム・バートン監督も少年時代は、ほとんど誰とも遊ばないで、部屋にこもって、ボリス・カーロフなどの 怪奇映画を見て過ごしていたそうだ。好きで好きでしょうがない世界に耽溺してその頃に得た体験を映画として具象化する才能に彼が恵まれたから、彼はただの “オタク” と呼ばれず、異色のエンタテイナーとして評価されるようになったわけだ。

他の人とはちがう、どこかコンプレックスがある、そういうネガティヴな気持ちをバネにエネルギーに変えることのできるアーティストは、他の誰にも作り出せない “the only one” な魅力を発揮するものなのだ。

僕の中ではどこかイメージがかぶってしまう、ティム・バートンとプリンスとが、1989年の映画『バットマン』で監督と音楽という形での共演を果たしてくれたのは、うれしかったね。

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2022.06.07
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カタリベ
1950年生まれ
伊藤銀次
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