“スピーカーが鳴る” 曲、プリンス&ザ・レヴォリューション「KISS」
“スピーカーが鳴る” ことが重要だ――
藤井風の全曲をプロデュースしているYaffle(ヤッフル)が3月、ある音楽番組で語った、音をモダナイズ(現代化)する方法論がこれだった。
1. 同じ音量でも大きめに聴こえる音楽
2. 音数、コードはスカスカ
3. ヴォーカル、ベース、キックを(前面に)出す
そして、音楽に大切なことは “ノレること” ―― ともYaffleは語っていた。言語化されないからこそ最も重要。一方コードは出尽くしていて限界があるとも。
録画していなかったので以上の記述は正確ではないかもしれないが、我が意を得たりという思いがした。今回取り上げる「KISS」は、まさに “スピーカーを鳴らす” 音楽ではないかと思わずニヤリとしてしまった。
アルバム「パレード」からの先行シングル、プリンス3曲めの全米No.1ヒット
It was 35 years ago today.
35年前の今日、1986年4月19日付のアメリカBillboard誌のシングルチャートで、プリンス&ザ・レヴォリューションの「KISS」が1位に到達、翌週にわたって2週連続1位を記録した。
アルバム『パレード』からの先行シングルで、前年1985年の『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』からは「ラズベリー・ベレー」が2位止まりだったため、プリンスにとっては1984年の『パープル・レイン』からの「ビートに抱かれて(When Doves Cry)」(5週連続)、「レッツ・ゴー・クレイジー」(2週連続)に続く3曲めの全米No.1ソングとなった。
この曲ほど度肝を抜かれたプリンスのヒット曲は後にも先にも無い。楽器も細かくカットされ空間の多いミニマムなサウンド、よく聴くとベースの音すら無い(この点は前述のYaffleの方法論と異なる)。そしてそのサウンドに呼応するかの如く全編ファルセットのプリンスのヴォーカルである。
同時代のミュージシャンに衝撃を与えた、際立つミニマムなサウンド
全編ファルセットというのは黒人音楽の伝統に基づくもので、プリンスも1979年の初のヒット曲「ウォナ・ビー・ユア・ラヴァー(I Wanna Be Your Lover)」でも導入している。そしてベースレスのサウンドも、「ビートに抱かれて」で既に採られている手法ではある。
「KISS」で際立つのは、やはりミニマムなそのサウンドであろう。まさに聴いたことのない音だった。Yaffleが定義した通り、これは “スピーカーを鳴らす” 音であり、僕等の耳も心も高らかに鳴らされた。
翌1987年のジョージ・マイケルの全米No.1ヒット「フェイス」に「KISS」からの影響を感じたのは決して僕だけではないだろう。翌1988年には奇才トレヴァー・ホーンも大御所トム・ジョーンズをヴォーカルに迎えこの曲を自らのユニット、アート・オブ・ノイズでカヴァーし全英5位のヒットを記録している。いかにこの曲が同時代のミュージシャンに衝撃を与えたか… である。
そして「KISS」は未だに “スピーカーを鳴らし”、決して古く感じられることはない。
アルバム「パレード」に聴く、革命の名に相応しい音の変遷
シングル「KISS」も、アルバム『パレード』も、ジャケットは髪を短く整え、短い黒皮のベストを着たプリンスのモノクロの写真が使われた。前作『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』がサイケでカラフルなジャケットだったのとあまりに対照的だった。
それぞれの色彩がアルバムの曲の彩りをそのまま表現しているのが面白い。曲によっては音が厚めの曲もあるのだが、『パレード』のサウンドは確かにモノクロとしか表現しようのない、密室性すら感じられる音であり、前作の彩りはすっかり鳴りを潜めていた。
更に前々作の『パープル・レイン』も『アラウンド・ザ・ワールド~』とは異なる、より80年代的な、ストレートなロックに近いサウンドであった。この3作の音の変遷は目まぐるしく、まさに “革命” の名に相応しかった。『パレード』を最後にザ・レヴォリューションが解散してしまうのもやむを得なかったかもしれない。
この翌1987年、プリンスは単独で2枚組の大作『サイン・オブ・ザ・タイムス』を発表するが、名作ではあるがそれまでの3作ほどの驚嘆はそこにはなかった。
1986年9月、プリンス&ザ・レヴォリューション初来日
「KISS」のMVは『ベストヒットUSA』で録画しながら初めて観た。シングルやアルバムのジャケットとは異なり、カラー。プリンスはジャケットと同じ格好をしているが程なく上半身裸になってしまう。革命児はMVの中ではそれまでのプリンスのままだった。下に貼ってあるので、ぜひ改めてご覧頂きたい。
「KISS」が1位を取ったこの年の9月にプリンス&ザ・レヴォリューションが初来日を果たし、この曲を生で観ることが出来たのは返す返すも僥倖であった。否、60年代のビートルズや70年代のスティーヴィー・ワンダーのように、実験性とポピュラリティを両立させることが出来た80年代のプリンスをリアルタイムで聴けたことが、何よりも得難い体験であった。
2021.04.19