80年代のオネエ事情「ニューハーフ」の名付け親は桑田佳祐？ 角川映画？

80年代に生まれた新語、シーメールとニューハーフ

オカマ、オネエ、シスターボーイ、シーメール、ニューハーフ、女装男子、男の娘… 令和の現代までにその呼び方も多種多様だ。この内、シーメール、ニューハーフというワードは80年代生まれである。『漫画実話ナックルズ』『月刊宝島』などで活躍し、映画・アダルトビデオ評論、酒場ルポ、横丁・小路の歴史に詳しいフリーライター、藤木 TDC によれば、シーメール、ニューハーフ双方ともに用語に厳密な区別はなく、一般に AV や成人コミックなどポルノメディアにおいては「シーメール」を使うことが多く、パブクラブ・性風俗産業においては「ニューハーフ」と呼ばれるぐらいの違いだそうである（『アダルトビデオ最尖端』コアマガジンより）。

シーメールとは、彼女（She）と呼ばれる男（Male）たちの総称であり、70年代中頃にアメリカのセックス産業に現われた。元は男性でありながら整形、豊胸することで極限まで肉体を女性に近付けた人々を指す。これが80年代に入り、一般的にシーメールと呼ばれるに至った。それでは、ニューハーフという言葉はどのようにして生まれたのだろうか？

角川映画「蔵の中」でデビューした美女の正体とは？

さて、そこで松原トシカズである。彼は北海道の札幌で男ばかり４人兄弟の中に育ったが、女の子との “ままごと遊び” が大好きだった少年は小学校の５、６年になると母の服でこっそりと女装をし始めた。成人してからは、髪を７：３に分けた男姿で会社勤めを始め、夜はメイクを施し一晩中女性の服をまとい過ごしたこともあったという。このまま男として心の中に女をしまって生きていくか、そうした葛藤、迷いも当然あったのだろう。結局２年で会社を退職し上京、ゲイバー勤め、ホステスなどを経験した。

当時、六本木では『六本木美人』というキャンペーンをやっていた。この企画は毎月１人、六本木界隈に住んでいるか働いている女性をモデルにして撮影、イメージポスターを作って街中に張り地元を盛り上げようというものだった。トシカズがそのモデルに採用されると、ポスターは貼っていく先から盗まれていく―― 女装とは言え、見た目は日本的な美人であった彼。男性であることなど誰ひとり見破ることはできなかった。

ポスターからは、洗練された美しさとミステリアスな雰囲気が漂い、それを見た映画監督の高林陽一は「この子だ！」と映画のヒロインに抜擢した。その作品が横溝正史原作の映画『蔵の中』である。聾唖で肺病の美少女を慕う弟の物語。どうせ長い命ではないと隔離された旧家の蔵の中で過ごす姉と絵草子や錦絵が散らばる耽美的な世界で弟はやがて男女の関係を結んでしまう。この姉役は、まさにトシカズにとって、“はまり役” だった。

女優・松原留美子の誕生、ニューハーフと呼ばれた第１号？

高林監督とプロデューサーの角川春樹がトシカズと面談した際、彼は「自分は男」と明かしたが、２人はなかなかそれを信じようとしなかった。その幻想的な美しさは捨てがたいものだったという。これが世間一般にニューハーフと呼ばれた第１号 “松原留美子” 誕生の逸話である。彼女がテレビに登場すると、そのキャッチフレーズとしてニューハーフという言葉が頻繁に使われるようになった。

男半分、女半分―― 本人曰く、「男の体に生まれてきてしまったけれど、心は女の子」。松原の場合はシーメールのように豊胸するでもなく、体を一切いじっていなかった。今の言い方なら「女装家」もしくは「男の娘」のほうが印象として近いかもしれない。

松原留美子はその後、歌手としてもデビュー。東芝EMI からシングル２枚とアルバム『ニューハーフ』を残している。ドラマでは『土曜ワイド劇場 江戸川乱歩の美女シリーズ 化粧台の美女』（82年）にゲスト出演。また北島三郎の大阪梅田コマ劇場の公演などに客演するなど一躍注目を集めた。

さて、ニューハーフという言葉が、どのようにして世間に広まったのかがここまで。さらにもう一つ忘れてはならない話がある。

語源は桑田佳祐？ ニューハーフとはベティに贈ったキャッチフレーズ

大阪ミナミのショーパブ・ベティとマヨネーズのママが、81年に桑田佳祐と出会った際、「ねえ、ベティはどこの国のハーフなの？」と聞かれ「ばかねぇ、男と女のハーフじゃないの」と言い返したところ、桑田がそれを受けて「じゃあニューハーフだね」と言ったのが始まりという説である。

これは、ベティ春山が自身の店の WEBサイトで “サザンオールスターズの桑田佳祐がベティに贈ったキャッチフレーズ「ニューハーフ」” と紹介しているので間違いないところだろうが、ニューハーフの語源＝桑田佳祐説を立証するには、この時期が角川映画『蔵の中』の製作期間以前の出来事でなければならない。

LGBT の音楽サイト『クィア・ミュージック』では、ベティ春山の自叙伝『女男じゃないよ』を引用しながら事の詳細を次のように説明している。

―― ベティと桑田との出会いについては81年頃のレコーディングでの話とあり、81年４月14日のスポーツ紙に「ニューハーフと呼んで」の見出しでベティがマスメディアに初登場――「I LOVE YOU はひとりごと」（CBSソニー）でメジャーデビューとある。ちなみにこのシングルは原由子との競作だったが、歌詞が猥褻だという理由で放送禁止となってしまったいわく付きの曲でもあった。

名付け親は桑田佳祐、角川映画によって広まった「ニューハーフ」

さらに調べてみると、それから１か月後の５月26日、読売テレビ『11PM』に松原留美子が TV初出演。司会の藤本義一は「ニューハーフという呼び方はあなたが初めてだけどね」と紹介している。

時系列を追ってみると、ニューハーフという言葉は、まずベティを売り出すキャッチフレーズとして生まれ、それはオカマという垢にまみれた古い言葉をサザンらしい和製英語でリニューアルしたものだった。ただし、楽曲の放送禁止もあって “ベティ＝ニューハーフ” というイメージは霞んでしまったようである。

それからすぐに角川映画の主演俳優・松原留美子の透明感ある美しさとニューハーフという言葉がピッタリと結びついた。こうしてこの言葉は飛ぶ鳥を落とす勢いだった角川映画のブランド力も相まって、世間に広く浸透していく。

ニューハーフブームの到来、テレビ番組の人気者に！

バブル期にはフジテレビ系『笑っていいとも！』の人気コーナー「Mr.レディー Mr.タモキンの輪」から、矢木沢まり、朝川ひかるといった新たなスターも輩出され、ニューハーフは本物の女性よりも女らしいとテレビの人気者となった。

それからさらに数年が経ったある日、私は大阪キタの高級クラブにいた。―― 東西対決というワイドショーの企画でテレビ取材したときのこと。そこで出会ったのはボーイ・ジョージを接客したこともあるという香子サンだった。

「綺麗で、それでいてお客様との会話で笑わせることができるニューハーフ、それが大阪の子たちなの。東京には負けない」

そう言うと、彼女は楽しげに笑った。時は94年、すでにニューハーフブームの真っただ中であった。

2020.03.23