レコードに針を落とすという神聖な儀式。僕のレコード人生はここから始まった。
最近、ふと思ったのだが、僕が自分のお金(正確にはお小遣い)を出して初めて買ったレコードはクリエーションの「ロンリー・ハート」だった。ウィキペディアで調べてみると、1981年4月21日発売。当初は売れ行きが伸び悩んでいたが、夏頃から順位が上昇し、同年の10月8日に最高位8位とある。
なるほど、この年、僕は中学1年生だった。晩秋の塾の帰り道、どっぷり陽が暮れた中、レコード店を訪れたことをおぼろげながら思い出した。テレビで散々かかっていた曲を自分のものにしたいという衝動が沸き上がったのはこの時が初めてだった。家に帰り、自分のために、自分で買ってきたレコードに針を落とす。なんて神聖な儀式だろうって、ドキドキしたことを思い出す。
当時はニューミュージックという言葉が流行していた。クリエーションも当時のマスコミはニューミュージックにカテゴライズしていたと思う。なんとも大雑把なジャンル分けだ。しかし、今考えると、ドメスティックなフォークソングの流れからでは済まされない特別な音楽のように思えた。その新しい感覚は、歌詞に象徴されていたように思う。つまり、単なるラブソングではなく、これから先に広がる人生という荒野を示唆してくれるような、そんな音楽がテレビから聞こえてきた時代だった。
天使の空…星が泳ぎ…
俺たち汚す悲しみも今消えるさ
そして Lost is my heart and my soul
そうさ Lost is my heart and my soul
ゆったりとしたメロディと、歌詞の中に潜む十代の自分には到底届かない悲しみと切なさ。すべてを抱え込むことが人生なんだなって、そんな壮大な思いを感じさせてくれた。テレビから流れるものを聴くという受動的なものではなく、僕は能動的にこの曲と共に生きたいと思ったのだ。
音楽が、息抜きや癒しのためにあるものではなく、人生の伴走者であるように感じ、意識したのが、この曲だ。それは、三十年以上経った今でも変わっていない。
この曲から遡ること約2年前、クリスタルキングの「大都会」という曲が大ヒットした。
この曲の大都会とは、作詞者で当時のメンバー、田中昌之氏によれば、多くの人がイメージする東京ではなく、福岡を歌った曲というのは有名な話であるが、この曲も幼心に、普通のヒット曲とは違うなという印象を持った。
都会(福岡)に出てきた若者の不安とまだ見ぬ希望を歌ったものなのだが、そこには、単なる息抜きや癒しではない人生があるなって改めて思う。当時は自分でレコードを買うという発想すらなかったが、この時の心に刻まれた「何か」が、「ロンリー・ハート」を聴いた時に蘇ったのだと思う。
このクリエーションの「ロンリー・ハート」から始まり、僕はいまだにレコードを買い続けている。時代がCDに変わり、ダウンロードになっても、こだわり続けている。自分がなんとも融通が利かない頑固者だと思ったりする。しかし、僕はレコードと共に年を重ね、様々な衝動と出会ってきた。ここに共通していることは、「ロンリー・ハート」に針を落とした瞬間と同じく、新たな世界が僕を包みこんでくれるということだ。そして、それは「針を落とす」=自分の音楽になる瞬間でもある。
ジャケットを眺め、歌詞カードに目を通す。なんとも至福の時間だ。手にしたレコードによって十代で感じたキラキラしたうねりにまた飲み込まれることを今も信じている。
歌詞引用:
ロンリー・ハート / クリエーション
2018.04.20
YouTube / Reiko Lily
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