6月7日

洋楽ビッグヒット!THE JUGGLERがオススメするシカゴの名曲「素直になれなくて」

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シカゴのアルバム「Chicago 16」がリリースされた日(素直になれなくて 収録)
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毒林檎(?)を食べて勝負に出たシカゴ


シカゴは1970年代に「長い夜(25 or 6 to 4)」「サタデイ・イン・ザ・パーク」など歴史的なヒットを飛ばし、ブラスロックの代表格として君臨していたバンドです。

毎作 “ロゴマークにローマ数字だけ” というアルバムタイトルをつけ続け、ロッキー山脈のスタジオに拠点を移して作品作りをしていた話は有名です。

1976年「愛ある別れ(If You Leave Me Now)」が全米No.1ヒットとなり、ブラスナンバーだけでなくこの甘々バラード路線も看板に加わりました。

大人数バンドにありがちな音楽の方向性の違いや多様性に関しては、毎度メンバーの微妙なバランスで成り立っていたようです。

ところが1977年に苦楽を共にしたプロデューサーのジェイムズ・ウィリアム・ガルシオと離れ、1978年に創設メンバーのテリー・キャス(ヴォーカル・ギター)を事故で亡くすと明らかに活動は失速してゆきます。

バンドは色々なチャレンジを行いましたが状況を改善することはできませんでした。

そして長く苦しい低迷というトンネルから抜け出すために、遂に友人のビル・チャンップリンから紹介された “デイヴィッド・フォスターをプロデューサーに起用する” という毒林檎を食べてしまうのです。

デイヴィッド・フォスターが惚れ込んだのはピーター・セテラの声?


「ヒットを取るか? バンドを取るか?」

当時、飛ぶ鳥を落としまくっていたデイヴィッド・フォスター。本当にどんなジャンルのアーティストであっても、街角で耳にして「あっ、これいいじゃん!」と思ったらデイヴィッド・フォスター。

アース・ウインド&ファイアー、シェリル・リン、セリーヌ・ディオン、ホイットニー・ヒューストン、マイケル・ジャクソン、マドンナ…。ヒットの確率が高すぎでした。

Netflixのデイヴィッド・フォスターのドキュメンタリー『名曲の裏にのぞく素顔』でも、このあたりの状況を見ることができます。

実はフォスターは最初から惚れ込んだシンガー、ピーター・セテラの声にしか興味がなくて、他のメンバーやこれまでのシカゴの功績などはどうでも良かったという雰囲気をメラメラと醸し出しております。

実際レコーディングにはTOTOのデヴィッド・ペイチとスティーヴ・ポーカロとスティーヴ・ルカサーの3人が参加しています。結局この3人以外のパートは多分打ち込みなので、要するに “ピーター・セテラのソロアルバム” なんですよね。

私も長くメジャーレーベルでA&R(Artists and Repertoire)をやってきたので、この “実はレコードは違う人が弾いてる” 問題は永遠の課題ですね。

幸い自分の担当したものにはなかったのですが、バンドは兎角メンバーの技術がアベレージではないことの方が多い世界ですから仕方ないとも言えます。

それではもう一度問いますよ。

「ヒットを取るか? バンドを取るか?」

ヒットを取ると言っても、音楽業界など一寸先は闇です。多大な犠牲を払って大した結果が出なければ、バンドの虐げられた勢力が反撃に出て、バンド自体何が本当にやりたかったのかわからないまま深淵に堕ちていくのはよくある話です。

幸にしてシカゴはこの賭けに勝ちました。

低迷期を抜け出し再ブレイク、関わった人の人生を変えた「素直になれなくて」


1982年「素直になれなくて / Hard to Say I’m sorry」が6年ぶりのNo.1ヒット。この曲のメガヒットをきっかけに低迷期を抜け出しついに再ブレイクを果たしました。そしてバンドは現在まで続く長い惰性飛行に入ることができたのです。

この時ポーカロのシンセで代用されて、残念ながら隅に追いやられてしまったホーンセクションを中心とするメンバーたちも、今も元気にライブを続けております。前出のドキュメンタリー『名曲の裏にのぞく素顔』でも笑いながらイヤミ言ってます。

フォスターのご寵愛を一身に受けたピーター・セテラは独立してそれなりの道を順調に歩み、この曲はその後の活動でも “ここぞ” で歌われる曲となっているようです。

「素直になれなくて」はタイトル通り、今でもミュージシャンの微妙な心のヒダに触れ続けているのです(でもTHE JUGGLERでは「サタデイ・イン・ザ・パーク」の方が人気です)。

THE JUGGLER渋谷有希子が語る「素直になれなくて」のプレイメモ


出ました! 私の大好きなキラキラピアノ! このピアノの音色はこの年代だよね、とわかるほど(…にしては多くの年代でも使われておりますが)。そしてシンセピアノと言われるようになったのもこの音色ではないかしら? 厳密にはもっと色々なシンセピアノの音色がありますが。

シンセサイザーの歴史も辿ることになりますね。シンセピアノの音色の発展(デジタルシンセの発展とも言う)も1980年代のお話ですし。とりあえずこの音色を出しておけばまず間違いないという部類のひとつの音色ですね。

私はTHE JUGGLERでは基本的にベースを担当していますが、この曲は手がもう1本欲しいのです。

シンセベースを弾きたい! このベースの音色も特徴がありますし音が減衰しないので弾きたいのですが、私の手は2本しか生えておりませんのでピアノ担当になりました。

エンディングで残るのもベースではなくピアノですし。ベースの打ち込みは私が手弾きしているのですが、他の曲とのバランスを考えて普通のベースの音色で弾きました。

でもデータとしてシンセベースも作ってあるので、いつかそれが日の目を見るのか見ないのか、ひっそりと隠しトラックとしてパソコン内に存在しております(隠してあるのにバラしちゃった)。

この曲のピアノは実にシンプルで淡々としています。楽曲のコード展開とテンポの揺さぶりが実に素晴らしく、さらにストリングスとブラスで盛大な盛り上がりを見せているのですが、ピアノはシンプルです。

もう少し細かいお話をしますと、この曲のピアノは音量と音色の強弱が割と少ないのです。イントロと折り返してAメロに戻る直前とエンディングくらいしか音量と音色が小さくならない(プレイヤーのタッチコントロールによる音量と音色の変化のお話)。

この曲の大部分において、ピアノは割と強めに弾いて出る音色になっている。… ということは、後半になって盛大な盛り上がりを見せていて気持ちが高まって強く弾こうにも、既に強く弾いているのでそれ以上音量は上がらないわけでして、このストレスをどうしてくれようかというちょっとしたモヤモヤはあります(笑)。

それでも弾いて良かったな、物語を作ることができたな、と自己満足度を引き上げてくれる(間違わずに演奏できた場合)という楽曲の強さに救われております。


★THE JUGGLER LIVE情報
『THE JUGGLER ワンマンLIVE Vol.2』
公演日:2022年5月15日(日)
開場:16:30
開演:17:30
会場:ケネディハウス銀座

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2022.05.07
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