“ポール・マッカートニーのニューアルバム『エジプト・ステーション』が全米チャートで1位を獲得! 36年振りの快挙!”
そんなニュースが届いたのは、先月(2018年9月)のことだ。36年振りの全米第1位。あれからもうそんなに経つのか。僕は微かな感慨を胸に1枚のレコードを棚から引っぱり出し、ターンテーブルにのせた。
―― 1982年の春、中学校に入学した僕はいっぱしのビートルズファンになっていた。この年はビートルズのデビュー20周年。メディアでも彼らのことは頻繁に取り上げられ、とても10年以上前に解散したバンドとは思えないほどだった。
そんな中、僕はオリジナルアルバムを聴き漁り、ビートルズ関連の本を買ってきては、隅から隅まで読み尽くす日々を送っていた。ビートルズは世界一のロックバンドで、彼らの音楽以上に素晴らしいものなどこの世には存在しないと、本気で思っていた。
僕にはふたつ上の兄貴がいて、同じくビートルズのファンだった。兄貴は塾の帰りによくレコードを買ってきた。そして、僕がそのレコードをカセットテープに録音させてもらうには、兄貴に100円を払う必要があった。少し腑に落ちなかったが、「レンタルするより安いだろ」というのが、兄貴の言い分だった。
そんなある日、「ポールは今も活動してるの?」と兄貴に訊ねた。兄貴はうなずくと、新曲の「エボニー・アンド・アイボリー」がちょうどヒットしていると教えてくれた。そして、「すごくいい曲だよ」と。
兄貴の言う通りだった。「エボニー・アンド・アイボリー」を初めて聴いた時、僕はまぶしいばかりの光に包まれたような気がした。あれはとても感動的な体験だった。新しい心の扉を開かれた瞬間で、そこにはビートルズ時代とはまた違うポール・マッカートニーがいたのだ。
「エボニー・アンド・アイボリー」はヒットチャートを急上昇すると、瞬く間にナンバーワンまで登り詰めた。僕は興奮し、兄貴に「ポールが1位だよ!」と伝えた。兄貴は特に驚いた様子もなく僕を見やると、「もっといい曲があるんだよ」と言った。
それは「タッグ・オブ・ウォー」という曲で、「エボニー・アンド・アイボリー」が収録されているポールのニューアルバムのタイトルソングだという。そして、どうやらアルバムでしか聴けないらしい(※後にシングルカットされた)。
僕はその曲をどうしても聴きたくなった。そして、その願いはほどなくして叶うことになる。兄貴がレコードを買ってきたのだ。僕は100円を払うと、カセットテープをセットし、高鳴る胸を手で押さえてから、そのレコード『タッグ・オブ・ウォー』に針を落とした。
小さなスクラッチノイズ、綱引きをする効果音に続いて、ポールが静かに歌い出した。アコースティックギターのカッティング。ストリングス。脳みそが震え、全身が痺れるのを感じた。なんてスケールの大きな曲なのだろう。そして、なんて美しいのだろうと。また兄貴の言う通りだった。ポールが今もこんないい曲を作っていることが、ただただ信じられなかった。
それから本屋で FM雑誌 を立ち読みした時、僕はそれまで気にしたことのなかったアルバムチャートをチェックしてみた。すると、『タッグ・オブ・ウォー』は見事ナンバーワンに輝いていた。
シングルもアルバムも1位かよ! まるでビートルズじゃないか!
僕は雷にでも打たれたような気分だった。そして、60年代のビートルマニアの気持ちが少しわかったような気がした。なにより、すごく誇らしかったのを覚えている。「ポールは今もナンバーワンだ。僕が好きな人はこんなに凄い男なのだ」と。
―― あれから36年。ポールは今もナンバーワンだ。ずっとそうだったわけじゃないけれど。ニューアルバムの『エジプト・ステーション』には、36年分のチャレンジの成果が詰まっている。そこには僕の36年分の人生も存在する。もちろん世界中のファンの人生も。
僕らがポールの音楽と共に過ごしてきたかけがえのない時間が、ここには間違いなくあるのだ。
ちなみに、僕が今持っている『タッグ・オブ・ウォー』は、あのときのものだ。ある日、兄貴が他のビートルズのレコードと一緒に僕にくれたのだった。僕は飛び上がらんばかりに喜んだ。毎回払っていた100円なんてどうでもいい。それらは今でも僕の最も大切なコレクションであり続けている。
2018.10.31
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