5月21日

【佐橋佳幸の40曲】小泉今日子「あなたに会えてよかった」名うてのビートルマニア大集合!

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連載【佐橋佳幸の40曲】vol.17
あなたに会えてよかった / 小泉今日子
作詞:小泉今日子
作曲:小林武史
編曲:小林武史

小泉今日子のスタジオセッションに呼ばれた佐橋佳幸


「当時、ビクターレコードに田村(充義)さんって名物ディレクターがいらっしゃって。その後プロデューサーとして独立して、今も大活躍されている方なんですけど。その田村さんがあの頃、がんがんにヒットを飛ばしていた小泉今日子さんのディレクターを務めていたんですよ。田村さんには、それまでもいろいろスタジオセッションで呼んでもらっていたりしたんだけど。小泉さんの「あなたに会えてよかった」はそんな田村さんとのお仕事でしたね」

とはいえ、この曲のセッションに佐橋佳幸を起用したのは同曲の作曲者で、アレンジも自ら手がけることになっていた小林武史だった。

「小林武史さんともちょうど、その少し前に知り合っていたんです。以前も話したけど、当時、僕はTOPという、藤井丈司さんや飯尾芳史さんといったYMO人脈が中心となって生まれた事務所に所属していて。その人脈繋がりで80年代の終わり、小林さんとも知り合うんです」

「小林さんがファーストアルバム『Duality』(1988年)を出した後かな。小林さんがアレンジする曲に僕をギター弾きとしてちょくちょく呼んでくれるようになって、仲良くなりました。ソロ作品のレコーディングや、その後のライブハウスツアーに大村憲司さんの後釜で参加したり…。あと、その頃だと鈴木聖美さんのレコーディングとか、小林さんが作編曲・プロデュースを手がけた仕事にも頻繁に呼ばれるようになって」

「オグちゃん(小倉博和)をはじめ、共通の知り合いも多かったので、レコーディングが終わるとしょっちゅう一緒に飲みに行ってたな。同じ頃、桑田(佳祐)さんに引き合わせてくれたのも小林さんだった。で、だんだんと桑田さんの自宅スタジオがみんなの溜まり場になっていって、その中から SUPER CHIMPANZEE が生まれるわけです

そんなある日。いつものように小林からスタジオ・セッションを手伝ってほしいと声がかかった。小泉今日子に書いた曲が次のシングルに決まり、編曲も手がけることになったという。それが「あなたに会えてよかった」だった。

小林武史が考えるフォークロックを実現するのに呼ばれたメンバーとは?


前回話した矢野顕子さんの『湖のふもとでねこと暮らしている』も、矢野さんからフォークロックにして欲しいって言われた曲だったけど。この曲も、小林さんとしてはフォークロックっぽくしたかったみたいなんだよね。でも、小林さんは矢野さんとは対照的で、いわゆるオタクの音楽話にはまったく入ってこないタイプの人。有名なものはひと通り幅広く知ってはいるんだけれど、ひとつひとつのジャンルを詳しく突き詰めていくタイプではない。で、当日、スタジオに行ったらね、小林さんは自分のパートはすでに弾き終えていたんだけど。その後をどうしていいかわかんない… みたいになっちゃってて。悩んでた。そのうち、スタジオから出てっちゃったの。小林さん以外のメンバーはベースがネギ坊(根岸孝旨)、ドラムが小田原豊、そしてギターがオレ。3人でポツンとスタジオに残されてさ(笑)」

「まぁ、この3人が呼ばれたってことから想像するに、小林さんの考えていたフォークロックのアプローチっていうのは、要するにビートルズっぽいイメージだったと思うんだよね。ビートルズがいなければザ・バーズもなかったということで。そういうイメージがあったから、ドラムはリンゴ・スターを研究しまくってる小田原だし、ベースはビートルズを語らせたら止まらない、特にポール・マッカートニーにかけては超マニアの根岸だし、ギターは全方位オタクのオレだし…。おそらく小林さんの考えるフォークロックを実現するのに、このキャスティングはバッチリだったとは思うんだよね。でも、肝心の小林さんは自分のパートだけ弾いてどっか行っちゃったの(笑)」



当時、気鋭の若手セッションマンとして大注目されていた実力派3人が揃ってはいたものの、まさかのアレンジャー不在という不測の事態。それでも、刻々と時は過ぎてゆく…。

「3人でしばし顔を見合わせて、“これ、どうしたらいいんだ?” と。3人で勝手にアレンジを考えてやっていいのならば、それはそれでありだけど。小林さんはすでに自分のパートを弾いちゃってるからね。小林さんが自分のパートを変えていいよと言わない以上、僕らとしてはそれを活かしてなんとかしないといけない。ディレクターの田村さんもスタジオにはいたけど、アレンジャーの小林さんが戻ってこなければどうすることもできないし。でも、そのままブチ切れて放棄するわけにもいかないし…」

「それで結局、その日、残った僕らで何とかベーシックを仕上げたんですよ。で、その後、田村さんがキョンキョンの歌を録ったり、小林さんが矢口博康さんのバリトンサックスを入れたり…。そういうダビング作業になったんだけど。そのうち田村さんから連絡が来て。これにコーラスを入れたい、と。でね、“佐橋くん、祥子ちゃんのアルバムで一緒に演ってるよね” と」

デビュー前にキョンキョンをサポートしていた鈴木祥子


またしても面白い偶然が重なりあって縁が生まれた。鈴木祥子はデビュー前、小泉今日子のツアーに参加しパーカッション、コーラスなどでキョンキョンをサポート。その時の活躍ぶりがきっかけのひとつとなって自らのデビューが決まった。小泉の担当ディレクターだった田村も、ビクターから鈴木をデビューさせられないものかと思案はしていたらしい。結局、残念ながら鈴木はビクターではなくEPIC・ソニーからデビューすることになったわけだが。当然、デビュー後の彼女の活動は田村も追いかけており、そのブレーンに佐橋が参加していることもきっちり認識していた。

「それで、僕がコーラスアレンジして、ビクタースタジオで祥子ちゃんとふたりでコーラスを入れたの。クレジットはないけれど、間違いなく祥子ちゃんの声がするのは一聴瞭然でしょ。このコーラスに呼ばれたことで、祥子ちゃんは再び小泉さんの作品に参加することになったわけだけど。同時に、これはまったくの偶然なんだけど、小林さん、サックスの矢口さん、祥子ちゃん… というのは、祥子ちゃんがデビュー前にツアーのサポートをしていたもうひとつのバンド、THE BEATNIKSのツアー仲間。だから、彼らと祥子ちゃんとのリユニオンにもなったんです。あくまでも結果的に、だけどね」

小泉今日子、最大のヒット曲「あなたに会えてよかった」




そして1991年5月、小泉今日子にとって32枚目のシングル「あなたに会えてよかった」がリリースされた。小泉にとって11作目のナンバーワンヒットを記録。現時点でキャリア最大のヒット曲となっている。また、この曲はいわゆる “アイドルポップス”という分野で史上初のミリオンセラーを記録したシングルでもあった。

「こうして無事に曲が完成して、発売されて、大ヒットもして…。小林さんがいなくなったスタジオに残された3人でがんばったし、コーラスもがんばったし。正直、なんで編曲クレジットで僕らの名前も連名にしてくれないんだ、と思うくらいの仕上がりではあったの。本当に今でも悔やまれるのは、なんであの時に僕や根岸が、編曲を連名にしてくださいって言わなかったかってことなんだけど。言わなかったんだよなぁ、オレたち(笑)」

何よりも優先されるのは “いい音楽を作りたい” という現場の総意


ギタリストであると同時にアレンジャーであり、コンポーザーでもあり、時にはコーラスの一員も務める佐橋。自分がなぜ必要とされたのか、どんな現場でもその要求にきっちり応えたい。役割を全うしたい。そのことは彼がさまざまな仕事を引き受けてゆく中で必ず貫いてきた大切な矜持だ。

セッションギタリストとして呼ばれたのであれば、ギター弾きとしてアレンジャーが望む最高の演奏をしたい。アレンジャーとして呼ばれたのであれば自分が思い描いたとおりの演奏を起用したミュージシャンたちに託したい。とはいえ、レコーディングの現場ではしばしば予期せぬ出来事が起こる。気がつけば自らの領域からはみ出ていることも、ポリシーに反する仕事をしてしまうこともある。以前、この連載で紹介した喜納昌吉の「花」のレコーディングでもそんなことがあった。

「あくまでもギタリストとして呼ばれた現場とはいえ、こういうことがあるとさ、そこで何とかしなきゃって思うじゃないですか。自分も編曲家の心得があるから、何とかしようと思えばアイディアや方法はあるわけだし。うん。だから、こういう時はそういうことになっていくという(笑)」

「プロデューサーとかアレンジャーがギタリストの僕を呼ぶ。で、その場にはギタリストとして行く。だけど、僕もプロデュースやアレンジをしているという点では彼らと同業でもあるわけでね。そうなると、いろいろ話してるうちに “こういう曲なんですけど、サハシさん、ちょっとイントロ考えてもらっていいんですか?” “はぁ?” みたいな展開になることもたびたびあってね。それはオマエの仕事だろうって思うんだけどさ(笑)」

が、結局のところ何よりも優先されるのは “いい音楽を作りたい” という現場の総意。その思いを大切にすればこそ、自分に与えられた役割を超えたところでも全力を尽くす。「あなたに会えてよかった」もそんなふうにして編み上げられた名曲だったわけだ。的確なミュージシャン仲間を集めた小林武史の目論見どおり、彼らの奮闘によってこうしてポップで華やかなフォークロック路線の珠玉の名曲が誕生した。

「今あらためて聴き返してみても、僕の12弦ギターのリフや、サビでの祥子ちゃんのコーラスはけっこう効いているよね。うまくいったな、と思います。いろんな意味で難しい “お題” のある曲だったとはいえ、ね(笑)。そういう意味でも、矢野さんの「湖のふもとでねこと暮らしている」とこの曲、まったくジャンルは違うけれど僕の中ではつながりがある2曲です。どちらも12弦ギターでのアプローチは、基本的には、ちょっとややこしいコードの中でなんとかザ・バーズをできないかな… と考えてやりました」

「ちなみに、「あなたに会えてよかった」の次に出た両A面シングルの1曲「1992年、夏」(1992年6月)は僕が作曲と編曲だし、次の「優しい雨」(1993年2月)は祥子ちゃんの提供曲だし。いろいろなつながりに発展していったよね」




次回【佐橋佳幸の40曲】につづく(3/16掲載予定)

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2024.03.09
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カタリベ
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