5月5日

髪を切ったキョンキョン!小泉今日子「まっ赤な女の子」は100%のアイドルソング

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聖子二世と呼ばれ、正統派アイドルキャラだった小泉今日子


聖子二世――。

何の雑誌だったか覚えていないけど、「花の82年組」の新人アイドルたちの中で、小泉今日子―― キョンキョンがそう呼ばれたことがあった。聖子ちゃんカット(もっとも、当時のアイドルはみんなそうだったが)、同期の中で1、2を争うビジュアルの良さ、ありえない小顔、キュートな声―― 思えば、デビュー時点のキョンキョンは、いわゆる正統派のアイドルキャラだった。それゆえ、「聖子二世」と呼ばれたのかもしれない。

なぜ、花の82年組なるアイドル黄金世代が誕生したのか?―― 1980年デビューの松田聖子サンが1年目で大ブレイクしたからである。

しかるに、翌81年―― レコード会社や芸能プロダクションは、二匹目のドジョウならぬ「2人目の聖子」を求め、自社オーディションやスカウト活動に力を入れた。一方、聖子に憧れる少女たちもまた、『スター誕生!』(日本テレビ系)や『ホリプロスカウトキャラバン』(ホリプロ)、『HIDEKIの弟・妹募集オーディション』(芸映)、『ミス・セブンティーンコンテスト』(CBSソニー / 集英社)等々にこぞって応募した。その結果―― 極めて有望な新人が数多く発掘されたのである。かくして「花の82年組」が生まれた。

ちなみに、84年組も菊池桃子サンや岡田有希子サンら、割と人材が豊富だったんだけど、それは中森明菜サンを始め、花の82年組の活躍に触発されたから。つまり、そこには2年のタイムラグがあるのがミソ。その狭間の81年組と83年組が、今ひとつ寂しいのはそういう事情である(ファンの人がいたら、ゴメン!)。

「スター誕生!」合格、デビューシングルは「私の16才」


で、改めてキョンキョンである。今日―― 2月4日は、彼女の誕生日。そこで、この機会にアイドル・小泉今日子の “2年目” のブレイクに至るエピソードを綴りたいと思う。

小泉今日子、本名である。1966年2月4日、神奈川県厚木市生まれ。ちなみに、人気アイドルには早生まれが多く、元キャンディーズの伊藤蘭、山口百恵、松田聖子と、みんなそう。デビューのキッカケは、中学3年の時に出場した『スター誕生!』である。決選大会で石野真子サンの「彼が初恋」を歌い、プラカードが3社上がった中からバーニングプロダクションとビクター音楽産業と契約する。ちなみに、あとの一社は尾木プロダクション。尾木プロと契約してたら、その後の彼女はどうなっていただろう。

1982年3月21日、キョンキョンは「私の16才」でデビューする。彼女にとってラッキーだったのは、「花の82年組」というくくりで、デビュー当初からアイドル雑誌やアイドル番組に呼ばれる機会が多く、総じて82年組全員に言えることだが、1年目から比較的知名度が高かったこと。

実際、当時はアイドル番組も多く、『ザ・ベストテン』に出られなくても(彼女がデビュー1年目に同番組に出演できたのは、スポットライトの「私の16才」と初ランクインの「ひとり街角」の2回だけである)、毎週、テレビで歌える機会がそこそこあった。『パリン子学園No.1』(TBS系)なんて、花の82年組のために用意されたレギュラー番組もあったくらいだ。



ザ・ベストテンには10位で初登場、「まっ赤な女の子」


しかし、である。

正直、デビュー1年目のキョンキョンは、花の82年組の中でも―― こう言ってはなんだが―― 今ひとつパッとしない印象だった。中森明菜サンは別格としても、“ホリプロ” の堀ちえみサン、“ハワイ育ち” の早見優サン、“京娘” の三田寛子サン、“美脚” の石川秀美サンらに比べ、キャラが弱かった。実人気では、そのビジュアルの良さで男性ファンは当初から多かったが、82年組の中では埋没しがちな印象だった。シングルもカバー曲が続くなど、もう一つ印象が薄かった。

ファンも彼女自身も―― 何かブレイクする “きっかけ” をずっと探しているように見えた。

ちなみに、僕自身はデビュー当初からキョンキョンを秘かに応援していた。当時の僕の82年組の推しメン(当時はそうは言ってなかったけど)は、伊藤さやかサンと明菜サンと北原佐和子サンと―― キョンキョンだった。4人とも顔が可愛く、好みのタイプだったからである。

そして冒頭に戻る―― 聖子二世。その正統派のビジュアルから、そう例えられた彼女だが、反面、正統派ゆえにキャラがぼやける印象もあった。だが、デビュー2年目、そんなキョンキョンに、いよいよブレイクの瞬間(とき)が訪れる。

それは、忘れもしない1983年6月2日のこと。TBS『ザ・ベストテン』の10位に初ランクインした、キョンキョン5枚目のシングル「まっ赤な女の子」である。

チーム小泉今日子本気の布陣、康珍化×筒美京平


 ぬれたTシャツ ドッキリ
 脱げばキラリ 赤いビキニ Yeh! Yeh!
 あなたチェアーの上で
 薄目あけて わたしのことを見た

作詞・康珍化、作曲・筒美京平―― 言わずもがな、キング・オブ・歌謡曲の筒美先生のお出ましだ。いよいよ、チーム小泉今日子が本気になってきた感がする。さもありなん、同曲からキョンキョンの担当ディレクターが交代、新たにビクター音楽産業(当時)の田村充義サン(現・田村制作所 代表)が就任したのである。今日、僕らが思い浮かべるアイドル・小泉今日子のイメージは、田村サンが作り上げたと言っても過言ではない。

まず、タイトルがいい。「まっ赤な女の子」―― 僕は、このタイトルを雑誌で見かけた時、まだ曲を聴く前だったが、直感的に「これは売れる!」と思った。歴代のアイドルソングの中でも、このコピーライティングはかなり秀逸なのではないか。これと匹敵するセンスは、聖子サンの「夏の扉」と明菜サンの「セカンドラブ」くらいしか思いつかない。曲中の言葉選びも最高。作詞の康珍化(かん ちんふぁ)サンの名は、伊藤さやかサンの「恋の呪文はスキトキメキトキス」で認識していたけど、間違いなく天才である。

そして衣装だ。このタイトル通りに、まっ赤な衣装。でも、単に赤いだけじゃなくて、ちゃんとコーディネートされており、オシャレ。毎回同じ衣装ではなく、赤を基調としつつ、微妙にアレンジを変える点も新しかった。しかも、彼女の個性に合っている。

極めつけは、筒美メロディ。もう、このタイトルには、この曲しかないでしょ!と言いたくなる100%のアイドルソングだ。Aメロからして、アップテンポでコミカル。彼女の声質に合っている。声もカワイイ。筒美先生、キョンキョンを生かそうと、ちゃんと本気を出してきた(笑)。

完璧なサビ!一度聴いただけで覚えられる優れたアイドルソング


 まっ赤な まっ赤な女の子
 まっ赤な まっ赤な女の子
 抱きしめられたら
 瞬間ウキウキ 水蒸気

もう、完璧なサビである。まるでアイドルソングの教科書のよう。なんてシンプルで、耳に残る旋律だろう。僕は、優れたアイドルソングは一聴しただけで覚えられると思っているので、タイトル=サビ=キャッチーなメロディの同曲は、迷わず正解である。

そうそう、この時の振り付けも印象的。彼女はミニスカートの右足を、サビのピークで2度上げる。いわゆるセクシーポーズだが、これをキョンキョンがやると、可愛いだけで、まるでセクシーに見えない(褒めてます)。

え? あのサプライズに触れないのかって?

まぁまぁ、慌てない慌てない。一番の大好物は最後まで取っておくと言うでしょ。じゃあ、そろそろ行きますか。

ショートヘアーで登場!記憶された小泉今日子のアイコン


「まっ赤な女の子」を歌うキョンキョンを見た僕らは、思わず「あっ!」と声を上げた。そう―― 彼女は髪を切って、ショートになっていたのである。

翌日の学校は、彼女の新しい髪型でもちきりだった。僕は新曲の話もしたかったが、野郎どもの関心は、何を置いてもビジュアルである。

「キョンキョン、髪切って可愛くなったじゃん!」

―― それが、衆目の一致するところだった。実際は、前シングル「春風の誘惑」の時に切ったらしいが、世間は『ザ・ベストテン』を見て、初めてその事実を知った。視聴率30%台の番組とは、そういうもの。つまり、やっと彼女は “見つかった” のである。

ここへ至り―― キョンキョンは“聖子二世”を脱し、今日僕らが思い浮かべるアイドル・小泉今日子になった。ショートヘアーに、尖った顎。キュートな衣装に、個性的な振り付け―― 僕の脳裏に、その新しいアイコンはしっかりと記憶された。そして歌う楽曲は、100%のアイドルソング「まっ赤な女の子」である。

もともと可愛かった声は、100%のアイドルソングと合わさり、もはや彼女の武器となった。新ディレクター田村充義サンの戦略は見事に当たった。もう、キョンキョンにとって、これを超える神曲は登場しないんじゃないか―― 僕は半ば、そんな心配までするようになった。もちろん、それは杞憂に終わる。

康珍化サン作詞の「渚のはいから人魚」がリリースされるのは、この10ヶ月後である。


※2022年2月19日に掲載された記事をアップデート

40周年☆小泉今日子!

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2023.02.04
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カタリベ
1967年生まれ
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