8月18日

イエスからエイジアへ — アルバムアートの巨匠、ロジャー・ディーンの世界 ①

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photo:Warner Music Japan  

かつて LPレコードと呼ばれた、アナログレコードの全盛時には、レコードショップで思いがけず目にしたジャケットに心を奪われ、中の楽曲のことをよく調べもせず、予定外の買い物をすることがあった。

そのことを我々は「ジャケ買い」と呼んで、当たりはずれを愉しんでいた。

中古レコードショップに800円ぐらいで売られているアルバムをジャケットの印象だけで選び、自宅でプレーヤーにかけ、針を落とす時のドキドキ感は、お目当てのアーティストのアルバムを買った時とは、また別の愉しみがあった。やがて CD時代が到来し、工夫を凝らしたパッケージに驚かされることはあったが、ジャケットのグラフィックデザインが以前ほどの訴求力を発揮することはなかったと思う。まして音楽配信の時代となっては、試聴もできてしまい、そこに安住してしまうと、我々の小さな冒険心は次第にそがれていってしまった。

我々リスナーにとって、アーティストのポートレートのようなものを除けば、そのアルバムジャケットに描かれたデザインが重要だった。作り手の考えやアルバムのコンセプトが反映されていることに思いを馳せ、それを期待するからこそ「ジャケ買い」の愉しみが成立していたと言えよう――。

しかし、中にはそんな駆け引きなど微塵も許さないほど、音楽とジャケットのグラフィックアートのマッチングが完璧に図られたものも存在する。

70年代に黄金期を迎えていた伝説的ロックバンド、“イエス” と、そのアルバムジャケットを手掛けた英国を代表するグラフィックアーティスト、“ロジャー・ディーン” の共作は、もはや、互い無くしては存在し得ない、完全に一体化した一つの作品のようであった。

ロジャー・ディーンが描く幻想的な絵画は、電子楽器を積極的に取り入れ、より構成美を追求するプログレッシブロックの代表格であったイエスの音楽性と相性がよく、ファンからの支持を集めていた。彼はツアーにも帯同し、ステージのデザインも手掛けたというから、まさにメンバーと共にあると言ってよかった。

ロジャー・ディーンの作品の特徴といえば、まず独特のロゴタイプデザインにあるだろう。優美な曲線と毛筆のような筆致とアルファベットの筆記体を融合させたような文字体。イエスの公式ロゴはもちろん、初期のヴァージンのロゴも彼が手掛けた作品であった。これらに惹かれた僕らは、友人同士でよく “○○のロゴのロジャー・ディーン風” というのを作って見せ合って遊んでいた。

加えて彼が描く自然や風景は、モチーフこそ宙に浮かぶ島や、そそり立つ険しい岩山や、色鮮やかなクリーチャーなど幻想的なものだが、その構図や色使いは明らかに浮世絵や水墨画など日本画の影響もうかがえ、特に松の古木を好んで描いているのも印象深い。

だから、2009年に劇場公開された映画『アバター』で描かれた惑星世界「パンドラ」の象徴でもあった宙に浮かぶ巨大な岩石群を目にした時、その映像化にもディーンが一役買ったに違いないと思った人は多いと思う。ロジャー・ディーンを知る人なら、また一つ彼の表現世界が広がったようにさえ、感じていたことだろう。

しかし事実は異なり、ディーンはその映像化には全く関わっていなかった。我々が映画を観て彼の関与を想像していたぐらいなのだから、ディーン本人からすれば悔しい思いもあったことだろう。当初からそれを指摘する人は多く、それに押される形で、彼は2013年に20世紀フォックスと監督のジェームズ・キャメロンを著作権侵害で訴えている。

映画が世界的なヒットから年月を経たこともあり、裁判の行方もそれほど注目を集めることはなかったが、結局、2014年ニューヨークの裁判所はディーンの訴えを退けた。この敗訴には納得しがたい人々も多く、その後もディーンに好意的な論調が多かったように思う。


さて、話をイエスとディーンに戻すとしよう。

良好な関係を続けてきたイエスとディーンの関係は、70年代の終盤に一度終わりを迎えている。77年のアルバム『究極(Going For The One)』では、ジャケットデザインをピンク・フロイドのジャケットを手掛けたことで有名な “ヒプノシス” に変更した。

この頃バンド内部で何が起こっていたかはわからないが、プロデューサーの変更、“バグルス” の合流など、メンバーの出入りも激しくなり、80年リリースのアルバム『ドラマ』では、再びディーンがアートワークを担ったが、イエスは活動停止に入ってしまう。

次回は、その後のイエスとロジャー・ディーン… 新たなプロジェクト “エイジア” の結成について語りたいと思う。

2019.01.30
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