クイーン旋風が凄まじい。
あの感動的な映画『ボヘミアン・ラプソディ』は、クイーンという素晴らしいバンドを再び蘇らせたのだ。先日、新宿の大型書店でいつものように音楽本を買うため吟味していると、70歳代であろうか、品の良いおばさまが『ボヘミアン・ラプソディ』の公式ムックを手にして話しかけて来た。
「あの、ごめんなさいね。この人たちの音楽は、どこで買えるのですか?」
クイーンマニアかつお節介焼きの僕に話しかけたのが運の尽き! 僕も用事があったのでタワーレコードまでお話をしながら案内してしまった。
どうやら「巷で話題になっているから」という理由から映画を観たところ、とても感動してしまった様子。アツく感想を語ってくる。あまりの感動ぶりにこちらまで胸が熱くなってしまった。
「こんなに感動したのは初めてなのよ! わたし、びっくりしちゃって! かっこいいわねぇ、あのフレディさん」と、シーンを一つずつあげてあの曲が良いなどというので、これには僕の布教心にも火がついた。
「その曲はこのアルバムに入っていますよ。で、映画のはこのライブヴァージョンですから…」などと営業マンばりに説明に勤しむ。横では、おばさまが片っ端からオリジナルアルバムを買い物かごに入れていく。「大人買い」ならぬ「おばさま買い」だ。
「ショウ・マスト・ゴー・オン」が特にお気に入りとのこと。それならば! とフレディ存命時最後のアルバム『イニュエンドウ』をすかさず手に取る。「このアルバムはですねぇ…」といつもならば迷惑がられるクイーントークにも熱が入る。振り返れば顔から火が出る思いだ。
おばさまはロックを自ら聴いたことがなく、もっぱらクラシックやオペラを好んで聴いていたという。「このアルバムの一曲目でスパニッシュギターを弾いているギタリストがいまして、スティーヴ・ハウというんですが、彼はイエスというバンドにいて、クラシック音楽を演奏していたんですよ!」と、これまた余計なお節介。
クイーンとクラシック音楽。映画の表題曲「ボヘミアン・ラプソディ」はプログレッシブロックでもあろうし、フレディのクラシックへの造詣の深さと愛が「イニュエンドウ」一曲の中にも詰められている。
そして長いキャリアの中で、メンバー外部のギタリストが録音に参加しているのはこの一曲だけなのだ。天才ギタリスト、ブライアン・メイが認めなければ録音させなかったであろうから、スティーヴ・ハウというギタリストの「スゴさ」が伝わってくる。
ハウのギターを「ジャズギタリストがロックを弾いた音」と形容したのを読んだことがあるが、なるほどと思った。彼のスタイルは、ロマ音楽のマエストロ、ジャンゴ・ラインハルトからウェス・モンゴメリー、レス・ポール、エルヴィス・プレスリーのバックでもギターを弾いたカントリー界の巨人、チェット・アトキンスをルーツに持つ。いわゆる「ブルースギター」を弾かないロックギタリストとして特殊な系譜に属する。
異端児であるが故の独特の「タメ」。トレードマークであるボディの大きなギブソン ES-175 を抱えながら、ソロを取る姿など実に絵になる。そしてアコースティックギターのピッキングの素晴らしさ。ジャンルの偏狭さにとらわれない愉しさが聴いている方にまで伝わってくる。ハウはソロをとった後いつも満面の笑みを見せてくれるから、こっちまで嬉しくなってくる。
クイーンはデビュー当時「遅れて登場したプログレバンド」などと叩かれたりもしたが、確実に彼らのルーツにはイエスがあるだろう。ドラマチックでスリリング、かつ華麗なイエス・サウンドに憧れていたのかもしれない。その根幹はハウのギターにある。
『イニュエンドウ』でハイライトともいうべきスパニッシュギターを披露したその年、ハウはイエスのアルバム『結晶(Union)』の美しいインスト曲「マスカレード」でグラミー賞のベスト・ロックインストゥルメンタル・パフォーマンスにノミネート。その後何度かの再結成・再分裂を繰り返しても、彼のプレイスタイルは頑固で変わらない。
「もうすぐ、このバンドが来日するんです。楽しみで仕方ないんです!」
これまた要らぬことを口走ってしまった僕の言葉を聞いたおばさまは、クイーンの全オリジナルアルバムに加え、イエスのベスト盤も買い物かごへ入れられた。
そして「どうもありがとうねぇ」と言いながら満足げに、どっさり CD を抱えてレジカウンターへ向かっていったのだった。
2019.01.15
YouTube / Queen Official
YouTube / Steve Howe
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