2007年 10月2日

ミック・ジャガーの素顔 〜 ステージ降りたスーパースターは教養あふれる英国紳士

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 2007年のコラム 
さよなら殿下、ハーフタイムショーでの感動的エンディングは忘れない

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スーパー過ぎるミック・ジャガー。洋楽関係者にとって最高レベルの光栄


最初にお断りしておきますが、ミック・ジャガーに関しては、以前にもRe:minderに投稿しているので、多少内容が被ってしまうこと、ご容赦ください。

私が働いていたレコード会社は今のSME。洋楽の現役ディレクターであった当時の社名はCBSソニーです。ローリング・ストーンズ関連の音源として現在の契約先(ユニバーサルミュージック)からはピンとこない方もいらっしゃるとも思いますが、80年代中盤から90年初頭までの短い期間ですが、ローリング・ストーンズ・レーベルはCBSと契約していました。

制作担当者としてミックジャガーの2枚のソロアルバムや、部門長としてローリング・ストーンズの記念すべき初来日公演を迎えたりと、洋楽関係者としては最高レベルでの光栄に浴することができました。

とは言え、特にミックは今まで出会った他のアーティストと比べて、全くの別格でした。スーパー過ぎてレコード会社の担当ディレクターや部門長レベルでは簡単に挨拶することすら叶わなかったのですが、それでも取材時やパーティなどの席で彼のキャラクターを垣間見ることができました。

会って実感。ミック・ジャガーのマナーの良さ、育ちの良さ


ストーンズ・ファンには有名な事実ですが、ミックが二枚目のソロアルバムを発売した1987年はミックとキースの仲違いもシリアスで、グループも解散の危機に面していました。ミックがバンドに愛想つかしたので自身のソロ活動に一生懸命になったのか、そのあたりの真偽のほどは分かりませんが、取材日の10日ほど前に突然「パリで取材を行うから、ジャーナリストを派遣せよ」と連絡が入ったのです。世界中のメディアを集めて数日ソロアルバムの宣伝活動を行うとのこと。

私は、このパリ取材時に初めてミックに会ったのですが、この時の想い出は今でもクリアです。取材の前日、これは日本チームだけでしたが、事前に打ち合わせをしたいと、彼のパーソナル・マネージャーであるトニー・キング氏に呼ばれたのです。

何事かと思ったのですが、実は、ミックはかって入国できなかった日本のメディアからどういう質問が来るのか、日本のメディアと日本人は自分を受け入れてくれるのか、などその辺りをすごく気にしている、と知らされたのです。そして、なんと驚くことにこの打ち合わせの最中に、ミック本人も登場したのです。そもそもマネージャーとの事前打ち合わせにアーティスト本人がアテンドすることはありません。それほど真剣に日本にでの自身のイメージはネガティブなものではないか、と心配していたようです。

あれだけのスーパーバンドのフロントマンなのに、こういう真面目な人なのです。

印象深かったのは彼の現れ方でした。スッと入室して静かな声で「I'm Mick Jagger」と我々に自己紹介してちょこんとソファに座ったのです。こういう席で、自己紹介して着席するマナーの良さ、育ちの良さを感じさせてくれました。

もちろん、我々の答えは「過去の入国禁止のことなど、日本人はとっくに忘れているし、ファンも何とも思ってないし、メディアもポジティブで、非常にウェルカムです。貴方は他の国と同じく特別なポジッションにいますよ。安心してください」と。これを聴いたミックは、二ヤリと笑顔を見せてくれました。

後から分かるのですが、この翌年にソロ公演で初来日を果たすわけですから、まさにこのパリ取材の頃に来日招聘の話が具体的になっていたのだと思います。そういうこともあり、ミック直々に日本での自分の位置づけを確認したかったのだと思います。

実業家として、ソニー会長・盛田昭夫と会見




このソロ公演の前半は大阪から始まってますが、ある日、本人の体調が悪く公演時間直前にキャンセルしています。この時も集まった満員のファンの前に、本人ひとりステージにあがり「キャンセルして申し訳ない」と直接謝罪しました。御大自らに説明されて謝られると、熱狂的なファン達も大人しく撤収せざるをえません。これがなければ興奮した観客たちは暴徒と化していたかもしれません。興行元としては念のために機動隊の出動要請をかけていたほどでした。

ミックの素晴らしさは、これだけのスーパースターにもかかわらず、一般的な社会常識を忘れてないところです。そして、チームの代表者としての自覚… 実際いわゆるローリング・ストーンズ・エンタープライズのCEOみたいな位置でもあるわけですから、実業家としての立ち振る舞い方や上に立つものとしての目線も備え持っているのです。

ライブ直前30分前になると誰にも会わないと言っていたミックですが、東京ドーム公演時にSONYの盛田会長が到着したのは15分前。私もミックには会えないと分かっていたものの、会長ですから、マネージャーには連絡せざるをえません。すると、ミックは既にステージ衣装に着替えていましたが、ホスピタリティルームに現れて笑顔で挨拶してくれたのです。

相手が世界的に有名なビジネスマンのMr.Moritaだということを知ったうえですし、その時に彼が発した言葉に私は鳥肌がたったのです。

「紳士に会うのにこんな格好してますが、息子の躾ができてないといって私の両親を叱らないで下さい。今からステージに上がるので着替えてしまいました」

教養の高さ溢れる言葉ですね。

カンパニーディナーで見せた、高い教養と探求心


そして同じくソロ来日時、SONYの大賀社長(当時はCBSソニーの会長でもありました)が主宰したディナーでのエピソードですが、メニューはミックが希望した天ぷら。彼は高い教養と常識をそなえたアーティストです。マナーもいいので、こういう時は “郷に入れば郷に従え” というわけで、和食を選んでくれたものと思います。

実は、大阪公演のキャンセルの理由もここにありました。同郷のイギリス人の住職が日本のお寺にいるということを聞きつけて、ショーの合間の休日に奈良のそのお寺を訪ねることになりました。住職もミックもことのほか盛り上がり、夕食前に帰るどころか一緒に食事も摂り、なんと急遽「その寺に泊っていきたい」、となったのです。同行したツアマネは反対しましたがミックは是非と。とは言え、季節は3月。エアコンも十分でない古寺。結果、風邪ひいてしまったのですね。

ミックの知的好奇心の高さがこのキャリア初のキャンセル事件を招いてしまったのですが、それほど訪れた国の文化や歴史などを、積極的に学ぼうとする高い教養や探求心をもっていることのあらわれです。

このカンパニーディナーのホストはSONYの社長。この時も、もてなす側の社長に対して逆に気を遣ってよく話しかけていたようですし、プレゼントとして、日本だけでしか発売してなかった最新鋭の8ミリビデオカメラを贈られた時も、社長自らの取り扱い説明を、姿勢正しく素直に聴いていました。ミックはこのビデオカメラをいたく気に入り、新しいおもちゃを買ってもらってはしゃいでいる子供のような笑顔で、帰りの車に乗り込むまで。仲間達をずっと撮っていました。

50年以上続く“ローリング・ストーンズ”が証明する経営能力の高さ




ローリング・ストーンズ初来日時のことですが、彼らの宿泊ホテルの一番巨大な宴会場を使って、会社主催で大型のウェルカムパーティを開催しました。コンセプトは “日本の夏祭り”。名付けて“HAPPI PARTY”。その名の通り参加者全員にベロマーク入りのハッピを羽織ってもらいました。宴会場いっぱいに祭りの縁日の如く、金魚すくい、射的、水ヨーヨー、スーパーボールすくい、お面売りなど屋台を並べたり、津軽三味線合奏や、芸人などを仕込んで、ガイジン一行200人相手にホスピタリティにつとめました。

翌日が休みの公演終了後の開催だったので、他メンバーやスタッフはみんなラフな格好でしたが、ミックはスーツに身を固めていたのです(チャーリー・ワッツもスーツでしたね)。何故だか、スタイリッシュな彼は用意されたハッピを羽織ってくれなかったのですが、その代わり、この場にセットされた幾つもの屋台全てに顔を出して、それぞれに挨拶し、「これは何なの?」と訊いてました。

通訳としてアテンドさせた部下にあとから聞くと、ミックの方から「これらの全てに顔出した方がいいだろう」と準備した我々に気を遣ってくれたようです。このあたりの感覚は大企業のCEOと同じで、オモテナシに対する配慮をみせてくれましたし、壇上でメンバー全員に記念ディスクやSONY製品などの贈呈もおこなったのですが、こちらから何も言わなくてもミックが団を代表して、素敵な感謝の言葉を述べてくれました。

ステージでのエキサイティングな姿。そしてステージを降りた時に見せる、教養溢れる英国紳士の姿。どちらもミック・ジャガーですが、グループが50年以上続いているという事実は、エンタープライズの頂点にいる彼の経営能力の高さを証明しているのだと思います。

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2022.07.26
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カタリベ
1950年生まれ
喜久野俊和
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