3月22日

ミック・ジャガー初来日、盛田昭夫との挨拶に垣間見たその教養の高さ

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ミック・ジャガーの初来日公演・東京ドーム(1日目)が行われた日
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 1988年のコラム 
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1988年3月15日。1000人近いファンが既に集まり、開場の数時間前から大阪城ホール付近は異様な雰囲気を醸し出していました。

そこには、ミック・ジャガーと一緒に燃え上がりたいとか、ミックとなら自爆してもいいとか、そういう緊張感あるエネルギーがすでに溢れかえっていたのです。入場してからはさらにそれが膨張し、場内暗転してから「ホンキー・トンク・ウィメン(Honky Tonk Women)」のイントロが出た瞬間の超巨大な大歓声は、まるで大爆発したかのようにホールを揺らしました。

ミック・ジャガー初めての日本公演は『SUNTORY D・R・Y Beer Live』として1988年、大阪城ホール・3月15、16、18、28日。そして東京ドーム・3月22、23日。名古屋国際展示場・3月25、26日の行程で行われました。

この年3月に完成した東京ドームは、こけら落としに相応しいスーパースターを探していました。全天候型ドーム球場は、天候を気にしないで大型のイベントやコンサートができます。時代はまだバブル期、企業は競って大型イベントやコンサートの冠スポンサーになっていました。前年発売されたアサヒビールのスーパードライが市場のシェアを変えるほど大ヒットし、これを契機に各社はドライ戦争に突入。この競争があったからこそ、大きな宣伝費が動き、興行会社をバックアップし、国内初のドームに相応しいミック・ジャガーの初日本公演を成立させたのです。会場で大きな顔で横行する背広姿の大手代理店の存在に洋楽ファンからは、不満の声が漏れ聞こえるなど、賛否両論ありましたが、企業のスポンサーシップがあったからこそ、数多くの大物アーティスト達の来日が実現したのも事実です。

1985年、ミックは初めてのソロアルバム『シーズ・ザ・ボス(She's the Boss)』を発表。私は CBSソニーの洋楽ディレクターとして、このアルバムを担当していました。この時はアルバム発表のみで一切の宣伝活動を行っていません。それが1987年2枚目のソロ、『プリミティヴ・クール(Primitive Cool)』発表の際には状況が一変、積極的にアルバムを売るための動きに入ったのです。この事がキースを刺激して、事実 “ストーンズ危機一髪” の状態となったのかもしれません。

そして、1987年9月下旬、全CBS に向けてアルバムプロモーションのため、ミックが取材を受けるとの連絡が入り、私と国際渉外部のスタッフは、ジャーナリスト2名を連れて急遽パリへ飛びました。この取材でのミックやマネージャーとの話を後から思い出すに、この頃、既に日本公演の可能性が取り沙汰されています。

取材の前日、パーソナルマネージャーのトニー・キング氏と打ち合わせがありました。彼は開口一番、私にこう訊いてきました――。

「ミックは本当に日本の事を心配している。日本のメディアが自分をどう思っているのか、日本人がどう評価しているのか、すごく気になっている。彼らはどういう質問をミックにするつもりだろうか?」

そして、驚くことにこの席に、突然ミック本人も参加したのです。我々がマネージャーと部屋のテーブルで話をしていると、右方向に気配を感じました。まさか! 思わず顔あげると、ミックが “I’m Mick Jager” と自己紹介し、テーブルにつきました。私はこの時初めて対面しました。あれほど有名なミックですが、こういう場でも丁寧に自己紹介をする立派な紳士でした。

打ち合わせでは彼が直接我々に質問することはなく、こちらの会話を黙って聴いているだけ。もちろん、こちらからは、「全く問題ありません。日本人は心からあなたの事をスーパースターとしてリスペクトしているので、堂々としていればいいのです。昔のドラッグ問題など誰も何とも思っていません」と答えましたが、これを聴いた時の彼の笑顔は非常に印象的でした。

仕事モードでは、いくらスーパースターに会ったところで、あがったりする事はなかったのですが、さすがにこの時は違いました。ミックは自分が中学生だった頃にシングル盤を買ったアーティストです。少年時代の想いが頭に浮かび始めると、打ち合わせの途中であるにも関わらず、心の内はファンに戻ってしまいます。思わず「一緒に写真を撮ってくれ」と言いたい気持ちを我慢して、私は胸の高まりを一生懸命抑え冷静さを装っていました。

そして、いよいよ初来日です。フジテレビが主催局だったという事もあり、ミックの入国の模様は、生中継されましたし、通常のニュースでもその到着の模様が何度も報道されています。興行元のウドー音楽事務所の社長は事前に NY へ乗り込み、ミックと一緒に日本に入ってくる事にしました。なにせ最重要 VIP の日本初公演ですし、VISA が発給されたとはいえ念には念を入れての動きでした。後にも先にも、こういう入国をした例はありません。

実のところ来日は大阪公演初日の2週間前でした。というのも、ミックのソロライブは、ここ日本で世界に先駆けて初めて行われるのです。豪華なサポートミュージッシャン達を集め、大阪で初めて全員が顔合わせ、万博ホールを貸し切ってリハ&ゲネプロが行われています。

東京で記者会見も開催されました。ホテルの巨大な宴会場が取材陣で全て埋まるほど、世間の注目を集めていましたし、欧米では観ることができないミックのソロ活動ですから、海外メディアも数多く出席していました。会見場には、本人登場前から張り詰めた空気が漂い、場内警備の若者が緊張のため倒れるというハプニングもあったほどです。日本のマスコミに対して、異常に気を遣っていたミックです。丁寧に答えていた姿、よく覚えています。

大阪公演4日目(3月19日)に事件発生です。オフの日に奈良の古寺に宿泊したミック、風邪をひいてしまいました。彼にとってもキャリア初の公演ドタキャン事件です。当日のリハ段階で、体調悪くキャンセルを決定したのですが、色々な意味でこの後の動きには、素晴らしいものありました。中途半端に開場前にキャンセル発表しても、テンションが上がったファンの暴徒化が心配です。まずは、そのまま客を普通に入場させ、全員の着席を待ってミック本人から直接、観客に謝罪しました。しかも幸運な事に同じ会場での振替公演の日まで発表できたのです。

ミックは丁寧に観客に謝りました。どよめきはありましたが、批判的な野次や反抗的な動きは全く起こらず、みんな静まり返っていました。ミック様に直々に謝罪されると誰も文句は言えません。

このキャンセルの余波は東京にも影響しました。3月21日、つまり東京公演の前日ですが、寺田倉庫で開催予定だった、ミック歓迎の “アート・ギャラリー・パーティ” がキャンセルになっています。これは音楽業界の VIP や日本を代表するクリエイターの皆さんをゲストに招いてのものでした。横尾忠則さんからお借りした多数の作品など飾りつけも終わっていましたが、残念な結果でした。

そして、この滞在中を通して、私が一番インパクトを受けたシーンがあります――。

「ミックは開演30分前になったら誰とも会わないので連れてこないでくれ」とパーソナルマネージャーのトニー・キング氏より念を押されていたのですが、SONY ファウンダー・盛田昭夫さんが東京ドーム楽屋についたのが、開演15分前です。マネージャーにそう言われていても、ゲストが “MR. SONY” ですから私も伝えないわけにはいきません。開演直前で、さすがに無理かなと思っていたのですが、なんとミックは挨拶に出てくれたのです。そして、握手しながらの第一声がこれでした。

“Don’t scold my parents.”

聞いた瞬間、何を言おうとしてるの? と思いました。しかし、ミックが言ったことはつまり、こういうことです。

「自分の両親の事を、ムスコの躾が出来てないからと言って、叱らないで下さい。紳士に会うのにこんな格好しているのは、失礼だと思いますが、ステージに上がるため着替えてしまったのです」

私、鳥肌が立ちました。こういう言い回しに感動しました。ロックミュージシャンやクリエイターとしてのミック・ジャガーの素晴らしさは、色々と語られていると思いますが、彼の育ちや人柄、教養の高さを表すエピソードだと思いませんか?
これがミックの紳士たる教養の高さ、そして英国人特有のちょっと皮肉も含んだ、素晴らしい挨拶です。

2019.03.22
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  YouTube / Mick Jagger


  YouTube / ABKCOVEVO
 

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