10月28日

マイク+ザ・メカニックスの成功を支えたバイプレイヤー、ポール・キャラック

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マイク&ザ・メカニックスのアルバム「リヴィング・イヤーズ」が英国でリリースされた日
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キラリと光るイイ仕事をする脇役たち


ここ日本でも2017年から『バイプレイヤーズ』というテレビドラマが放送されていたので、バイプレイヤーという言葉は以前よりも耳にする機会は多くなったのではないだろうか?

どんな業界でも、主役がいれば、脇役がいる。その脇役がキラリと光るイイ仕事をすると名バイプレーヤーと言われるのだろう。

しかし、ロック界では注目を集めるのは、いつだって主役を張れるスーパースターたちだ。でも、それだけじゃつまらない。そんなわけで、本日のコラムは名バイプレイヤーにスポットを当てて語ってみたい。

イギリスの名門プログレッシヴロックバンド、ジェネシスのことは皆さんご存知のことだろう。70年代には、ピーター・ガブリエルという超個性派ボーカリストがリーダーを務め、シアトリカルなスタイルが魅力のバンドだった。ピーター・ガブリエル脱退後は、フィル・コリンズがボーカル、リーダーとなり、音楽性はポップさを増し世界的な人気バンドとなっている。

そんなジェネシスにおける2人の主役を支えたバイプレイヤーはマイク・ラザフォードと言ってよいだろう。初代リードギタリストのスティーヴ・ハケットの脱退後は、リードギターとベースの両方を担当し、フィル・コリンズ主導のポップ路線にも調和する堅実なギタープレイを聴かせてくれている。

マイク&ザ・メカニックスを支えたバイプレイヤーは?


80年代に入るとマイク・ラザフォードも、フィル・コリンズのソロ活動に刺激を受け、自らのソロプロジェクト、マイク&ザ・メカニックスを立ち上げる。1985年にはプロジェクト名を冠したデビューアルバムを発表し、シングルカットされた「サイレント・ランニング」を大ヒットさせる。1988年にはセカンドアルバム『リヴィング・イヤーズ』を発表し、タイトル曲が全米シングルチャートで1位の大ヒット曲となる。

マイク&ザ・メカニックスの大成功により、マイク・ラザフォードは見事に主役の座を掴んだのだ。

では、マイク&ザ・メカニックスの成功を支えたバイプレイヤーは誰なのだろう?

さて、ここからが本コラムの主題、そして、本コラムの主役であるポール・キャラックに登場してもらおう。

エースのメインソングライターだったポール・キャラック


ポール・キャラックがポップミュージックシーンに初めて登場したのは意外にも古く1974年まで遡る。イギリスのパブロックバンド、エースとしてリリースしたシングル「ハウ・ロング」が全米シングルチャート最高3位の大ヒットとなっている。このバンドでボーカルとキーボードを担当し、メインソングライターだったのがポール・キャラックだ。

ヒット曲「ハウ・ロング」もポール・キャラックのペンによる楽曲で、ゆったりとした演奏の中にソウルフルなフィーリングを感じさせる素晴しいナンバーだ。本曲が収録のデビューアルバム『エース(FIVE-A-SIDE)』は、新人バンドとは思えないほど、心地よいブルーアイドソウルを聴かせてくれる名盤だ。この時点でポールは紛れもなく主役級アーティストでバイプレイヤーではなかったのだ。

しかし、良くも悪くも地味渋なバンドである。そもそも、シングルヒットを連発させるようなバンドではないし、イギリス人特有のクールなソウルミュージックを聴かせてくれるところがとても魅力的なバンドなのだ。そのため、この後のヒットには恵まれないままアルバムを3枚残して解散に至っている。

80年代の良い仕事:スクイーズ、そしてマイク&ザ・メカニックスへ


続いてポールが参加したのは、やはり英パブロックバンドのスクイーズだ。

スクイーズには、パンク世代のレノン=マッカートニーとまで称されるディフォード&ティルブルックという名ソングライター2人がいる。そんな中で、ポールは1981年に「テンプテッド」というバンドのキャリアを代表する楽曲でリードボーカルを務め、ソングライティングにも携わっている。「テンプテッド」はその後も1994年の映画『リアリティ・バイツ』で挿入歌として印象的に使われている。

スクイーズへの加入も、あくまでキーボード奏者としての仕事を求められていたのだろうが、ここでも期待以上の名バイプレイヤーぶりを発揮している。

スクイーズでの成功に背中を押され、1982年にはソロアルバム『サバーバン・ヴードゥー』をリリースする。しかし、アルバムは米ビルボードで78位と期待以上のセールスを上げることはできず、残念な結果に終わっている。

続いて、ポールが参加したプロジェクトが前述したマイク&ザ・メカニックスだ。地味渋メンバーが結成したプロジェクトにも関わらず、大きなセールスを記録し、ポールにも再び注目が集まることとなったのだ。

こうした好材料を背景に1986年には3枚目のソロアルバム『ワン・グッド・リーズン』をリリースし、シングル「涙に別れを(Don’t Shed A Tear)」が米ビルボードで最高9位の大ヒットとなり、見事にリベンジを果たしたのだ。

最近の良い仕事:エリック・クラプトンのバックバンドでプレイ


80年代には、スクイーズ、マイク&ザ・メカニックスで名バイプレイヤーとしての良い仕事っぷりを発揮してきたポールだが、最近(と言っても90年代半ば頃からなのだが…)の仕事ぶりは目を見張るほど充実したものなのだ。

現在のポール・キャラックに我々、日本のロックファンが触れる機会が最も多いのは、エリック・クラプトンのライブにおいてだろう。

ポール・キャラックは2013年からエリック・クラプトンのバックバンドのキーボード奏者を努めている。ライブにおいては、クラプトンの計らいにより、ポールがリードボーカルを努める曲も演奏される。その中には、70年代にエースとして放った大ヒット曲「ハウ・ロング」が歌われることもある。

おそらく、クラプトンはポール・キャラックのようなソウルフィーリングを持ったキーボード奏者兼ボーカリストが大好物なのではないだろうか。クラプトンがかつてクリームを解散してまで結成したスーパーグループ、ブラインド・フェイスにはブリッティッシュロック界を代表する主役、スティーヴ・ウィンウッドが在籍していた(と言うか、ウィンウッドが実質的なリーダーなのだが…)。

スティーヴ・ウィンウッドとポール・キャラックはどちらもキーボード奏者でありボーカリスト、ソウルフルな歌声やソングライターとしてのセンスなど、ミュージシャンとしての資質はとても近いものを感じる。

リンゴ・スターやイーグルスにも参加


クラプトンのバッキングの他にも、ポールは大物のサポートとして、リンゴ・スター・アンド・ヒズ・オール・スター・バンドへ参加している。リンゴの場合、クラプトンの計らいとはちょっと意味合いは違うような気もするのだが、ここでもエースやマイク&ザ・メカニックスのヒット曲をステージで披露している。

また、プレイヤーとしての活躍以外にもソングライターとして、クラプトンやリンゴにも負けない大物との仕事にも注目したい。

2007年、イーグルスはアルバム『ロング・ロード・アウト・オブ・エデン』をリリースする。ポールは本作に収録の「もう聞きたくない(I Don’t Want To Hear Any More)」をドン・ヘンリー、ティモシー・B・シュミットと共作しているのだ。

この曲はアルバムがリリースされた当時、頻繁にラジオでオンエアされ、リードトラックとして紹介されていた。とても優しい気持ちになれるメロディの中にも苦みがある大人ならではのロッカバラードの名曲だ。この曲の後押しもあったのか、本アルバムは、アメリカでは初登場1位に輝き、イギリスでもイーグルスにとって初めてのナンバーワン・レコードとなったのだ。

イーグルスとのコラボレーションは、1994年にも行われており、アルバム『ヘル・フリーズ・オーバー』に収録の「ラヴ・ウィル・キープ・アス・アライヴ」にソングライターとしてポールは名前を連ねている。

ソロアーティスト活動と自らのレーベルを設立


90年代以降、サポートミュージシャン、ソングライターとしての仕事が目立つポールだが、ソロアルバムもコンスタントにリリースしており、充実した作品を作り続けている。

特に2000年からは、自らのインディーレーベル「Carrack-UK.」を設立し、味わい深い大人のロックを聴かせてくれている。AORというほど甘くない、イギリス人特有のソウルミュージックに影響を受けたロック、ブルーアイドソウルを洗練されたアレンジと演奏で聴かせてくれている。決して今時のヒットチャートを賑わすような作品ではないのだが、大人の鑑賞に堪えうる渋い作品をコンスタントに発表してくれている。

前述のイーグルスが発表した「もう聞きたくない」についても、2009年のアルバム『I Know That Name』でセルフカバーしており、イーグルス・バージョンよりソウルフルなアレンジで渋く仕上げている。

そして、2018年のアルバム『These Days』も最高に味わい深い作品だ。本作には、ドラムにスティーヴ・ガッド、ギターにロビー・マッキントッシュ(元プリテンダーズ)、サックス、ホーンアレンジにピー・ウィー・エリス(元JB's)という名バイプレイヤーの売れっ子ミュージシャンを招聘し、自らは主役となってレコーディングを行っている。名バイプレイヤーたちの演奏とポールのソウルフルな歌声は洗練の極みと言えるほどの大推薦盤なのだ!

最新アルバム「One On One」ホーンを除くほとんどの楽器を自らプレイ


そして、最新アルバム『One on One』が2021年9月にリリースされたばかりだ。この作品は、2021年に予定されていたツアーの中止を受けて、ポールが急遽スタジオに入り、作られている。

パンデミックの状況下であるため、前作『These Days』のように豪華セッションミュージシャンが参加するレコーディングではなく、ホーンを除くほとんど全ての楽器をポールが演奏し、プロデュースする作品づくりとなっており、内容は前作に負けず劣らずの極上ブルーアイドソウルを聴かせてくれる。

豪華セッションマンに頼らずともグルーヴィーな心地良い演奏を聴かせてくれるのは、UKロック界随一のバイプレヤーとしての活動が活かされている証拠と言える。

しかし、そうした器用さだけが生み出した作品ではなく、本来、ポールの中に流れるソウルフルな血とグルーヴ感があるからこそ、マルチレコーディングにも関わらすず、温かみのある音を獲得しているのではないかと痛感するのだ。

器用貧乏にならないバイプレイヤー! 何とも格好良い大人なロックミュージャンだと思いませんか?

スーパースターになることだけがロックミュージシャンの成功ではない


ポール・キャラックの長いキャリアを振り返ってみて、スーパースターになることだけがロックミュージシャンの成功ではないと改めて思うのだ。

セッションマンとしての活動とソロ作品での充実した仕事のバランスは大人のロックミュージシャンにとっては理想的と言えるのではないだろうか。1951年生まれのポールは、働き盛りの30~40代をバイプレイヤーのミュージシャンとして活動してきた。そこでの経験から多くのことを学んだだろうし、ロックミュージシャンの栄枯盛衰も目の当たりにしてきたことだろう。こうした経験からアラフィフの時点で自分のレーベルを設立し、セッションとソロの二刀流を確立することで、ミュージシャンとしての安定した収入と自分のやりたい作品づくりができる環境を整え、現在まで音楽活動を継続している。こうした活動サイクルの中で作られるソロアルバムは大人の音楽ファンのわがままな嗜好を満足させる奥深いもので、私のようなロック大好きオジサンにとってはたまらない作品なのだ。

耳の肥えたリマインダー読者の皆さんにも名バイプレイヤーとして培った経験と実力がギュッと詰まったポールの近作を是非とも聴いて頂きたいと切に願う。現在はサブスクリプションでも気軽に聴けるので、一聴して頂ければ幸いだ。あなたのわがままな嗜好もきっと満足させてくれることを約束しよう!


追記
私、岡田浩史は、クラブイベント「fun friday!!」でDJとしても活動しています。インフォメーションは私のプロフィールページで紹介しますので、併せてご覧いただき、ぜひご参加ください。

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2021.10.28
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カタリベ
1972年生まれ
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