5月25日

誰あろう、森高千里。その最高傑作はデビュー曲「NEW SEASON」である

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森高千里のデビューシングル「NEW SEASON」がリリースされた日
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photo:JpopAsia  

それは、1986年の夏の出来事だった。

大学は既に夏休みに入っており、ひょんなことから僕は男4人で連れ立って熊本へドライブに出掛けることになった。行き先は熊本市内のスーパーのダイエーである。

なぜ、わざわざ福岡から熊本のダイエーに向かったかと言うと、熊本出身の友人曰く、市内一の美少女がバイトしているという。

だから何だと思われるかもしれないが、何せ大学生は暇である。高速を飛ばし、僕らは一路、熊本に向かった。

1階のフードコートだったと思う。「ほら、あそこ」友人はあらかじめ彼女のバイトのシフト情報まで入手していた。今思えば、マメな男であった。彼は今、どこで何をしているのだろう。

遠目に見る彼女は、ファーストフード店のキャップを被っていても、一目で噂にたがわぬ美少女と分かった。日本人形のような横顔にドキッとしたのを覚えている。

彼女こそ誰あろう、後の森高千里である。

―― いや、彼女は本名だから当時から森高千里だったんだけど、まさか熊本市内の高校に通う17才の普通の女子高生が、この数週間後に、ポカリスエットのイメージガール・コンテストで優勝するとは、僕らは知る由もなかった。

話は、それから3ヶ月ほど飛ぶ。

当時、僕はあるCMが気になっていた。それは、自動販売機の前で、糸井重里サンと一人の少女がやりとりするCMである。糸井サンは二日酔いという設定らしい。


少女「ポカリスエット、あちらのような、お酒のあとの脱水症状を助けます」

糸井「水じゃ、ダメなんですか」

少女「今さら、素人じゃあるまいし……」


―― 可愛い。そのポニーテールの少女は笑顔一つ見せない。しかし、可憐だ。ポカリのCMと言えば、巨匠・秋山晶サンのコピーワークで有名である。80年代っぽいシュールな演出が、一層クールな彼女の魅力を引き立てていた。

そのCMの少女こそ誰あろう、後の森高千里である。

―― いや、当時から森高千里で、しかもこの時点で既に彼女はポカリスエットのコンテストで優勝していたんだけど、恥ずかしながら、僕はその事実も、彼女の名前すら知らなかった。

しかも、あろうことか、あの夏わざわざ熊本に出かけて目撃した、ファーストフード店の美少女と同一人物であることも―― 。

話は更に翌年、1987年の初夏に飛ぶ。

ある日、カーラジオから、今度デビューする新人アイドルという触れ込みで、新曲が流れてきた。

―― 驚いた。ロックだった。ドラムの打ち込みが印象的な、およそアイドルらしくない楽曲。それでいてメロディアス。声もキュートで可愛い。一聴して、僕は虜になった。


 ファーストフードで 朝食すませ
 肩をたたく友だち ほほえむ
 テイクアウトの 昨日のみほし
 まぶしい光を 浴びて走るわ


歌詞も印象的だった。「ファーストフード」「テイクアウト」といったフレーズに、どこか新しさを覚えた。

その歌声こそ誰あろう、後の―― ハイ、しつこいですね。そう、森高千里サンです。曲はデビュー曲の「NEW SEASON」。

恥ずかしながら、僕はこの段階になって、やっと彼女の名前を知ったのだ。そして、あの夏―― 熊本のダイエーで目撃した美少女と、その後にテレビCMで見かけたクールな少女と、この新人アイドルが同一人物であることも。3つの点が、一本の線で繋がった瞬間だった。


そう、今日は森高千里サンが1987年5月25日にデビューして、ちょうど30年目です。

森高というと、一般には「17才」以降の印象が強いと思う。美脚で、ハイヒールで、ロングヘアーのいい女。その一方で、オリジナリティあふれる歌詞を書く唯一無二のアーティスト。

でも―― 誤解を承知で言えば、僕はこのデビュー曲の「NEW SEASON」こそ、彼女の魅力を伝える、森高史上最高傑作だと思っている。

作曲は、後に「ミーハー」を始め、「私がオバさんになっても」「渡良瀬橋」「コンサートの夜」など数多くの森高楽曲をプロデュースする斉藤英夫サン。作詞は、後にSPEEDをプロデュースする伊秩弘将サンである。今思えば豪華布陣だ。クオリティの高さも頷ける。

「NEW SEASON」のプロモーションビデオがある。どこかのライブハウスで、髪を少し立てた森高が、黒い衣装で歌っている。顔は少しふっくら。イントロでエレキドラムを叩き、曲の間奏でキーボードを弾く。

当時―― 87年はアイドル冬の時代。多分、レコード会社の戦略としてアイドル路線を避け、REBECCAあたりを意識していたんだと思う。事実、彼女は高校時代、ガールズバンドを組み、REBECCAをコピーしていたという。ちなみに、彼女の担当はドラムだった。

僕は常々「ガールズバンドで一番可愛い子はドラム」説を唱えるが、その元ネタは森高である。

しかし―― 残念なことに、森高はデビューからしばらく、当初の目論みほどは売れなかった。「NEW SEASON」こそラジオでよくかかっていたと記憶するが、その後は新曲を出す度にオリコンの順位を下げていった。

1989年5月25日。デビュー2周年となるこの日、森高千里の7枚目のシングルがリリースされた。「17才」である。

かつて南沙織が歌った名曲のカヴァーだが、プロデューサーの斉藤英夫サンのアレンジで、見事に森高の楽曲に仕上がっていた。この曲から彼女はフィフティーズ風のミニスカ衣装に路線変更し、一世を風靡する。「見せる」プロフェッショナル・森高の完成である。

時に、彼女は二十歳になっていた。

でも―― 今でも僕の中にある森高千里の原点は、あの夏、熊本のダイエーで見かけた、ファーストフードで働く本物の17才の森高千里である。

やがて自らに訪れる「NEW SEASON」のビッグウェーブをまだ知らない、日本人形のような横顔の。

2017.05.25
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  YouTube / 森高千里 
 

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カタリベ
1967年生まれ
指南役
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