新たなシティポップの聴き手にも待望の「SPACY」リリース
今年5月より、山下達郎がRCA/AIR所属時代に発売されたアナログ盤全8作品に、最新リマスターを施した『TATSURO YAMASHITA RCA/AIR YEARS Vinal Collection』が5ヶ月連続でリリースされている。
5月3日の『FOR YOU』を皮切りにしたこのシリーズ、8月2日にはソロデビュー作『CIRCUS TOWN』とセカンドアルバム『SPACY』のリリースが決定。中でも『SPACY』のアナログ再発は山下達郎のファンのみならず、新たなシティポップの聴き手にも待望のリリースであっただろう。
古くからのファンの間では、山下のアルバムの中でも最高傑作との呼び声も高いが、発売当時セールス面が芳しくなかったこと、シングルカット曲がないこと、アルバム全体のカラーが内省的だったこともあり、ライト層、一般リスナーからはあまり振り返られることなかったアルバムでもあった。だが、ここ数年に及ぶ再評価により、その完成度の高さ、後の幾多の楽曲に通底する彼のサウンド構築の源流がこの盤に収録されている点が今、改めて熱い注目を集めている。
すぐに意気投合、坂本龍一との初めての出会い
『SPACY』がリリースされたのは、1977年6月25日。ファーストアルバム『CIRCUS TOWN』をロサンゼルスとニューヨークでレコーディング後、次回作は自身でアレンジを行うことを決めた山下は、ミュージシャンの選定から入った。結果、自身の願望を反映したドラム村上秀一、ベース細野晴臣、ギター松木恒秀、キーボード佐藤博の組み合わせを決めている。
ほぼ全員が初顔合わせだったというこのメンバーに加え、もう1つのセッションにはドラム上原裕、ベース田中章弘、キーボード坂本龍一に自身のギターという、気心の知れたメンバーを選んでいる。生前の坂本の談によると、山下とは共通の友人を介して、今はなき荻窪ロフトで初めて出会い、すぐに意気投合したという。
その初顔合わせメンバーの演奏による効果が最初に現れたのは、収録曲中、最初にレコーディングされたという「LOVE SPACE」。16小節のテーマがループしながら延々と繰り返される曲構成は、まさしく凄腕ミュージシャンたちのセッションによって生まれる音の濃密さと開放感によって生命を吹き込まれたもの。
山下の歌唱も最高音域までをファルセットを用いず地声で歌い切っているところに、メロディーとサウンド、ヴォーカルが三位一体となった得も言われぬグルーヴが生まれている。ライブでも幾度となく披露されているナンバーだが、78年3月8・9日に六本木ピット・インで行われたライブの実況録音盤『IT’S A POPPIN’ TIME』のほか、89年にリリースされたライブアルバム集『JOY』には同所での81年3月11日のライブ音源が収録されている。
特に後者は、長尺ライブの中盤でやや荒れ気味のヴォーカルながら、ピット・インを埋めた観客の熱狂的な盛り上がりによって、とてつもない高揚感を生み出している。
シカゴ・ソウルをやりたくて作った「素敵な午後は」
また、3曲目に配された「素敵な午後は」も、この時期、カーティス・メイフィールドに耽溺していた山下が、チャック・ジャクソン&マーヴィン・ヤンシー、もしくはジーン・チャンドラーのようなシカゴ・ソウルをやりたくて作った曲だそう。このテンポとリズムパターンは後々の山下作品のトレードマークの1つになっており、「RAINY WALK」「雲のゆくえに」「あしおと」など、その後も幾多の名曲を生んでいる。
ひとりアカペラが生み出された最初の作品「朝の様な夕暮れ」
一方で、山下自身もライナーノーツで「良くもこんな内省的なアルバムを作ったものだと思います」と回想している通り、特にアナログB面に並んだ曲にはその傾向が強い。徹夜明けで起きた際に今の時間が一瞬わからなくなった際にモチーフを作ったという「朝の様な夕暮れ」や、続くシンプルな曲想の「きぬずれ」は、ピアノ弾き語り的な世界を想定して作られた楽曲だという。
だが、特に前者は、その後山下の代名詞ともなる “ひとりアカペラ” が生み出された最初の作品でもあった。ニューヨーク・シャッフルと言われるスウィングビートに、山下のピアノ弾き語り、ブラス、コーラスを足した小編成の「言えなかった言葉を」もやはり内省的な作風が顕著に現れている。
前半は派手目のサウンド、後半に行くに従ってシンプルになっていく曲順構成は、1980年のアルバム『RIDE ON TIME』も同様だが、本盤において、その前後のカラーのミッシングリンクとなっているのがA面最後に配された「DANCER」だろう。村上秀一の叩く16ビートのドラムを活かす目的で作られた曲だそうだが、これは高校時代のブラスバンドの先輩が、北朝鮮への帰国事業によって彼の国へ理想を求めて帰っていったこと、その後連絡が一切取れなくなった記憶を歌ったもの。ライブでも演奏される際には、MCでこの話を語っているため、このエピソードを知るファンは多い。
ブレイクビーツ風のイントロと、一見ダンサブルなAORに思われがちな曲だが、そこには山下自身の深い喪失感を読み取ることができる。こうした社会情勢や時代の変革と、そこに囚われてゆく個人の在り方を冷静に注視する姿勢は、後の「THE WAR SONG」、あるいは「蒼茫」、最新作『Softly』に収録された「弾圧のブルース」などへと繋がるメッセージ性の強い作品群の端緒となった。
『SPACY』は、まだ20代半ばだった山下達郎の音楽的ルーツの一端を垣間見れるばかりでなく、あの時代の凄腕プレイヤーたちとの名演名唱が存分に詰まった、時代を超えたポップスの魔法を目の当たりにできる、畢生の傑作と読んで間違いない。
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2023.08.01