コンピレーション・アルバム「TOKYO CITY POP -New Standard-」 シティポップのブームが始まって、そろそろ10年になる。1990年代初頭の渋谷系ブーム以来ともいえるこの大きな音楽ムーヴメントは、新聞やテレビのワイドショーでも取り上げられ、音楽にさほど興味のない一般層にまでその存在が知られるようになった。しかも、この動きは日本国内だけで起きているわけではない。海外でも独自にシティポップの再評価が進み、国内外で別々に生まれた流れが、やがて絡み合いながらひとつの大きなうねりとなっていった。それから10年近くが経ち、シティポップはいま、ブームを越えて次の段階に入ったように見える。それでも根強く聴かれ続けている背景には、アナログレコード人気との相乗効果もあるのだろう。
今回リリースされたコンピレーションアルバム『TOKYO CITY POP -New Standard-』は、レコード会社の枠を越えた34曲を2枚のCDに収録。DISC1を《Sweet Evening》、DISC2を《Bitter Midnight》とし、それぞれ異なるテイストで構成されている。選曲を担当したのは、シティポップの再評価を一般層へ広げるうえで大きな役割を果たしてきたライターの栗本斉。『「90年代J-POPの基本」がこの100枚でわかる!』(星海社新書)など、多くの著書でも知られている。
注目すべきは、タイトルに《New Standard》と付いているところだ。シティポップはいくつかのマイルストーンを経て現在に至っており、その時々で中心となるスタイルも変化してきた。このコンピレーションは、そうした流れを踏まえながら、現在のシティポップの広がりを俯瞰するように編まれている。そこで本作を手がかりに、シティポップ再評価の10年間をざっくりと振り返りつつ、収録曲を紹介していこう。
シティポップ再評価はDJシーンから始まった 日本におけるシティポップの再評価は、DJシーンから始まった。2010年代前半、中心にあったのはシュガー・ベイブをはじめとする1970年代の作品だった。それが2015年頃になると、1980年代の楽曲をプレイするDJが増え始める。個人的に、その変化を強く感じたのが、ネット配信メディア『DOMMUNE』でシティポップが採り上げられた時だった。
そう、そこで杏里がかかったのだ。今となっては信じられないだろうが、当時はDJが杏里をかけることはダサいとされていた。シティポップが一般層にまで広がるのはもう少し先のことで、この頃は、今では数千円するような1980年代のレコードも数百円で手に入ることが珍しくなかった。この頃、シティポップ再評価の中で人気だった曲は以下の通り。
・佐藤博「SAY GOODBYE」
・大橋純子「テレフォン・ナンバー」
・二名敦子「堤防」
・黒住憲五「Juggler」
・秋元薫「Dress Down」
・PIPER「STARLIGHT BALLET」
当時のシティポップ再評価を象徴するキーワードは “ブギー” だった。今回のコンピレーションには収録されていないが、当山ひとみのアルバム『SEXY ROBOT』(1983年)と、国分友里恵の『Relief 72 hours』(1983年)はその空気をよく伝えるアルバムだ。
VIDEO
海外から見えてきた、もうひとつのシティポップ そして2017年、シティポップ再評価が一般層にも届くきっかけとなる出来事があった。テレビ東京系のバラエティ番組『Youは何しに日本へ?』で、大貫妙子のレコードを探しに来日した外国人が登場。“なぜ外国人が大貫妙子のレコードを探しているのか?” という驚きとともに、海外で日本のシティポップが聴かれているらしい、という認識が一般層にも広がっていった。また、竹内まりや「プラスティック・ラヴ」が非公式にYouTubeにアップロードされたのもこの頃。海外からアクセスが集中し、削除されるまでに2,400万回以上再生されたこの動画は、シティポップの海外人気を象徴する存在になった。
実は海外での動きはそれ以前からあった。大貫妙子「4:00 A.M.」も、YouTubeのレコメンドをきっかけに再生が急増した楽曲のひとつだ(2026年10月12日時点で1,670万再生超え)。間奏部分にハービー・ハンコック「ハング・アップ・ユア・ハング・アップス」のフレーズを取り入れたこの曲は、少なくとも当時の日本ではシティポップの代表曲として語られることはほとんどなかった。このことからも、日本と海外ではシティポップとして注目される曲に違いがあることがわかる。一方で、“シティポップとは本来1970年代の音楽を指すものだ” とするリアルタイム世代からの異論もあった。何をシティポップと呼ぶのか、その捉え方自体もまだ定まっていない時期であり、そんな混乱も今となっては懐かしく感じる。
VIDEO
パンデミックで加速したシティポップ再評価 そして2020年、世界はパンデミックに突入する。自宅で過ごす時間が増え、YouTubeやSNSを通じて過去の音楽を発掘する動きも活発になった。シティポップの海外での広がりも、この時期に一気に加速したと見ていいだろう。日本でもNight Tempoなどの活動によって、海外で評価されるシティポップと、日本での捉え方とのズレは徐々に小さくなっていった。そうこうしているうちに、それまで思いもよらなかった曲が注目されたり、TikTokをきっかけに過去曲が再発見されたりするケースも増えてきた。
スペクトラム「F・L・Y」、高橋玲子「サンセット・ロード」、松原みき「真夜中のドア ~ stay with me」、亜蘭知子「Midnight Pretenders」などが海外で話題になったことは、ご存知の人も多いだろう。特に亜蘭知子の楽曲は、ザ・ウイークエンドの「Out of Time」でサンプリングされ、世界的な注目を集めている。こうした再評価の流れは、本作の選曲にもはっきりと見て取れる。海外でも高い人気を誇る杏里からは「Good Bye Boogie Dance」、TikTokで「街のドルフィン」が大きな話題になった濱田金吾からは「midnight cruisin'」が収録されている。
さらに、「Mystical Composer」が収録されている菊池桃子も、海外から新たな評価を受けた代表的な存在だ。インドネシアのYouTuber・レイニッチが「Blind Curve」をカバーしたことなどをきっかけに注目が集まり、ラ・ムーを含めた彼女の音楽活動そのものにも光が当たるようになった。それまでアイドルポップスとして括られていた作品が、海外からの視点によってシティポップとして再発見される。こうした価値観の転換も、このブームの面白さだった。
VIDEO
フュージョンまで広がったシティポップの現在地 では、シティポップの現在地はどこにあるのか。いまや、高中正義やCASIOPEAといったジャパニーズ・フュージョンまでが、シティポップと地続きの感覚で聴かれるようになってきており、なかでも高中正義は、2026年のワールドツアーが全公演SOLD OUTになるなど、海外で驚くほどの人気を集めている。本作にも『トーキョーレギー』と『MIDNIGHT RENDEZVOUS』がそれぞれ収録され、シティポップという言葉の懐がずいぶん広くなったことを感じさせる。
ほかにも人気曲は多く、国分友里恵「I Wanna Be With You」や伊藤美奈子「昨日からの会釈」のように、従来の軽快な曲だけでなく、よりビターな楽曲までシティポップとして受け止められるようになり、聴かれる音楽の幅は確実に広がっている。そんな中で、嬉しかったのが親松敦子「STEPPIN’ OUT」の収録だ。アルバム1枚を残した実力派シンガーだったが、ファンク色が強かったこともあり、初期のシティポップ再評価では注目されにくかった印象がある。それが10年かけてようやく日の目を見たと思うと、個人的にも感慨深い。
シティポップは、もはやひとつの時代や音楽性だけでは括れない。聴かれる曲も、評価されるアーティストも、この10年で大きく広がってきた。その自由さこそがシティポップの面白さであり、これから先も、思いがけない1曲が再発見されていくのだろう。
VIDEO
▶ シティポップに関連するコラム一覧はこちら!
2026.10.14