5月27日

杏里「CIRCUIT of RAINBOW」日本人ヴォーカリストと西海岸サウンドの完成形

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モータースポーツとの相性がよい杏里の音楽


大学生の頃、夜中に名阪国道を車で飛ばして、レース好きの友人と鈴鹿8耐や4輪のロードレースを観に行ったことが何度かある。時は1987年。日本でのF1グランプリが10年ぶりに鈴鹿サーキットで開催され、フジテレビでF1全戦が中継され、F1をはじめとするモータースポーツがいまでは信じられないほどに一般大衆の間でも盛り上がっていた時期であった。

モータースポーツと杏里さんは直接の関係はないが、当時のモータースポーツまわりの華やかさと、洋楽と邦楽を橋渡しするような杏里さんの音楽は相性が良かったように見える。杏里さんの音楽は80年代後半、JTの「SomeTime」をはじめとして、さまざまなCMソングに起用された。杏里さんは存在自体もカッコイイ、少し年下の女子からも憧れの対象になるお姉さんだった。

今回のコラムで取り上げるのは1989年発表の杏里さんの13枚目のアルバム『CIRCUIT of RAINBOW』。タイトル・チューンの「CIRCUIT of RAINBOW」は昭和シェル石油の「Xカード」CMソングに起用された。砂浜で楽しそうに外国人のグループと戯れる杏里さんがCMに登場している。ちなみにこの「Xカード」というのは1985年に石油業界初の初のクレジット機能付きPOSカードとして運用開始されたもの。いまではごく当たり前になっている、ガソリンスタンドでクレジットカードで給油すると割引されるシステムのはしりである。昭和シェル石油はF1レースのチームにガソリンやオイルを供給していた。

さまざまな音楽を吸収していった杏里の音楽ルーツは?


1961年生まれ、神奈川県厚木市出身の杏里さんは米軍基地の近くで育った。FENや、兄の部屋にあった洋楽のロックをこっそり聴いて音楽に興味を持ち、近隣のソウルディスコにも出入りしていた。歌謡曲から洋楽ロック、オーケストラものまで。もちろんAORやブラックミュージック、フュージョンも大好きだったという。

デビューアルバムのレコーディングにあたり尾崎亜美さんに作品をお願いすることになり、亜美さんの家で「どういうアーティストが好き?」と聞かれたときに「オリビア・ニュートン=ジョンをすごく好きで聴いています」と杏里さんが答えたところ、オリビアの「Making A Good Thing Better」のフレーズをピックアップして「オリビアを聴きながら」を尾崎亜美さんは作ったという。



杏里さんは1978年、尾崎亜美さんの作品「オリビアを聴きながら」でデビュー以来、洋楽と邦楽の橋渡しになるような存在の楽曲を多数リリースしてきた。プロデューサーとして小林武史さん、角松敏生さんをはじめ、自身の楽曲をさまざまなクリエーターにゆだねて音楽を吸収し、やがて1987年発表のアルバム『SUMMER FAREWELLS』以降の杏里さん自身でのプロデュース作品につながっていく。

1987年のセルフカバーアルバム『meditation』、1988年発表のオリジナルアルバム『BOOGIE WOOGIE MAINLAND』に続く1989年発表のアルバム『CIRCUIT of RAINBOW』はセルフプロデュースとしては4作目となる。R&B色がそれまでのセルフプロデュース作品よりもぐっと濃厚になった。

デビューアルバム『杏里 -apricot jam-』、角松敏生さんプロデュースの7枚目のアルバム『COOOL』以来のLAレコーディング。わたしが手元に持っている杏里さんのアルバムの中で好きなアルバム、と問われるとLAレコーディングのこれらのアルバムが真っ先に挙がる。杏里さんの声と楽曲は、湿気の多い日本よりも、カラっとしたLA録音のほうがしっくりくるように感じるのだ。



オリコン1位、レコード大賞アルバム賞受賞「CIRCUIT of RAINBOW」


さきほど、“邦楽と洋楽の橋渡し” と書いたが、このアルバムはLAレコーディングで現地のミュージシャンの演奏ということもあり、洋楽に寄せた楽曲が目立つ。アルバムはオリコンチャートで1位を獲得し、第31回日本レコード大賞・アルバム大賞も受賞した。

アルバム全曲とも作詞は吉元由美さん、作曲は杏里さん、サウンドプロデュース、アレンジのクレジットは小倉泰治さん。それがLAの現地のミュージシャンによる演奏でレコーディング、ミックスはニューヨークで行われただけあって、かなり洋楽に振った音作りになっている。それまでの何枚かのアルバムでは打ち込みが目立っていただけに、このアルバムでの生音中心のカラッとした音作りが余計に気持ちよく聴こえる。

当時いろいろなアルバムでみられた、1曲目はInstrumental、そこからつながるように2曲目の耳を惹くナンバーに入る―― というつくり。その2曲目の “耳を惹くナンバー” がファンキーなタイトルチューン「CIRCUIT of RAINBOW」。

ドコドコドコドコと始まる長いイントロの前半は流麗なストリングス。吠えるようなコーラスから曲全体に流れるファンキーなカッティングギター。イントロの後半はこのカッティングギターにコーラスとホーンズがからみ、歌が始まるまではイントロ全体で50秒ほど。昨今のサブスクにおけるスキップ対応でイントロが極端に短かったり、いきなりサビ始まりとは真逆の、贅沢に演奏を聴かせる楽曲なのだ。

雨が上がった後にくっきりと空に現れる鮮やかな虹―― そんな心象風景を跳ねるように杏里さんは溌剌と歌う。そのヴォーカルは、コーラス隊の迫力をさらっとかわすように軽やかだ。

シングルカットを意識していない曲だからだろうか、メロディは器楽的でカッコイイのだが歌ってみると相当難しい。とくにBメロ「♪第一コーナー 眼をつぶり」に入る音がいきなり7thで、カラオケでは外す確率が相当高い。私も外したことがある。

日米の良さを巧みにミックスした名盤


この曲を洋楽的にしているのは、ファンキーなコーラスとホーンズに間違いないだろう。コーラスのアレンジは以下の参加ミュージシャンのクレジットにもあるように日米合作なのだが、現地のコーラス隊の迫力は一味も二味も違う。ホーンアレンジのクレジットは “Jerry Hey”。ジェリー・ヘイ・ホーンズは日本人の作品にもいろいろ参加しているが、この曲でのホーンズ、とくに2コーラス目終了後の間奏からアウトロのプレイは出色である。

参考までにこのアルバムの参加ミュージシャンを記しておく(敬称略)。
Drums: JOHN ROBINSON, JEFF PORCARO
BASS: FREDIE WATHINGTON, NEIL STUBENHAUS
GUITAR: PAUL JACKSON Jr., DEAN PARKS
KEYBOARDS: JAI WENDDING, LARRY WILLIAMS, ALAN PASQUA, 小倉泰治
PERCUSSIONS: LENNY CASTRO
HORNS: JERRY HEY, DANIEL HIGGINS, GARY GRANT, WILLIAM REICHENBACH, LARRY WILLIAMS
BACKGROUND VOCALS: JOHN LIND, PHILIP INGRAM, ALEXANDRA BROWN, PHILIP BAILEY, CARL CARWELL, ALEXANDRA BROWN, JOSIE JAMES on M-6

SPECIAL THANKS TO PHILIP BAILEY

Horn Arrengement:Jerry Hey
Strings Arrangement:David Campbell
Background Vocals Arrangement:小島恵理、KENNETH LAVERT SAMUELS, 小倉泰治、杏里

ちなみにこの「CIRCUIT of RAINBOW」は、最近のライブでも杏里さんが音源よりも少ししっとりしたヴォーカルで歌っているのをYouTubeで観ることができる。聴き比べるのも良いだろう。

最後にアルバムのお薦め曲をいくつか紹介しておく。どれもコーラスが素晴らしいのだが、なかでもM-6の「WHO KNOWS MY LONELINESS」、フィリップ・ベイリーがコーラス参加したバラードナンバーで後半のコーラスパートは日本人の作品だということを忘れてしまうほど。

M-7「Groove A Go・ Go」はドラマ『ハートに火をつけて』の主題歌にも使われたR&Bテイストが濃いめのミディアム。M-5「失恋ゲームが終るまで」もコーラスとホーンズが大活躍、いい味を出している。M-12はディヴィッド・フォスターの影響を受けたと思われるバラード。

1980年代、日本人がLAのミュージシャンの演奏で作ったアルバムは多数あるが、杏里さんのアルバム『CIRCUIT of RAINBOW』は日米の良さを巧みにミックスした作品だと思っている。

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2022.08.31
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カタリベ
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