歌謡曲道の奥深さを思い知らされる「昭和歌謡復刻シリーズ」第11弾
1963年(昭和38年)に創立された日本クラウンからリリースされた昭和レトロな歌謡曲を復刻するプロジェクト『昭和歌謡復刻シリーズ』の第11弾が、9月16日に配信解禁された。歌謡曲がミュージックシーンの中心的存在だった昭和40〜50年代の作品に焦点をあて、配信にて復刻されているアーカイブ企画。
今回配信解禁されたのは、女優としても活躍し、『第14回NHK紅白歌合戦』に出場した高石かつ枝の「おとめの像」。そして清廉なお色気が発揮されたお座敷ソングの第一人者であり、後の『伊東家の食卓』ではお母さん役としてもお馴染みだった五月みどりのヒット曲「温泉芸者」。さらに男装の麗人・バニー智吉のデビュー曲「たったひと目で」など全51作品。歌謡曲道の奥深さをつくづく思い知らされるラインナップだ。YouTubeチャンネル『昭和レトロ 歌謡秘宝館』では全楽曲のオフィシャルオーディオ(公式試聴動画)が順次公開されている。
橘恵子の女の悲恋が慎ましやかに歌われた作品群
まずは和装が板に付いていた橘恵子から。子役を経て、1960年から1962年にかけて新東宝の映画で女優として活躍した後、歌手デビュー。1964年2月に出された「女徳」は瀬戸内晴美原作、扇千景主演によるフジテレビの連続テレビ映画の同名主題歌で、橘自身も出演した。
作詞の有田めぐむは星野哲郎の別名義である。続く「惚れるばかりが恋じゃない」「女でなければ判らない」「裏町ワルツ」と女の悲恋が慎ましやかに歌われた作品群はすべて1964年リリース。1965年には、前回の第10弾で配信された一節太郎とのカップリング曲『赤い涙の渡り鳥』を挟み、今回はその次作『街角』がラインナップされた。その後リリースは途絶えてしまったようだが、1965年に発行された小冊子『クラウン・ヒット・パレード』では北島三郎、水前寺清子、一節太郎と並んで表紙を飾っており、エースとして期待されていたことがうかがわれる。
流しからデビューした白浜章、故郷を歌った「佐多岬」
1965年デビューの白浜章は8枚のシングルがラインナップされた。白浜は本名を上園稔といい、鹿児島出身。先輩の北島三郎と同様に演歌師、いわゆる町の流しだった経歴を持ち、レコードデビュー時は23歳だった。デビュー曲となった「梨花をたずねて」の作詞は星野哲郎で、出だしの歌詞には、かつて津村謙が歌って大ヒットした「上海帰りのリル」のエッセンスが感じられる。イントロはジャジーな都会調だが、意外なほど高音で歌われるため、ムード歌謡の趣はない。
続く「怒濤に消える」「俺ははぐれ星」が1965年、「雨の坂道」「帰っておいで」「佐多岬」が1966年の発売盤。その後、約2年半を空けて1969年に「火の酒」、さらに3年置いて1972年に出された「さすらい旅人」まで時代に隔たりがある。「佐多岬」は鹿児島のご当地ソングで、いわば故郷に錦を飾る1曲といったところ。「さすらい旅人」では既に中堅の風格が滲み出ているがリリースはここまでで留まった。
エレキ歌謡の北上淳也、男装の麗人バニー智吉
北上淳也の「好き好き好きと何回も」はエレキブームの最中に出されたエレキ歌謡。クラウンでは西郷輝彦、山田太郎、美樹克彦らが得意とした路線である。作詞の水島哲と作曲の北原じゅんは西郷輝彦へ多くの作品を提供していたコンビ。この曲が発売された同月、1965年12月にはブームを象徴する映画、加山雄三主演の『エレキの若大将』が公開されている。
明けて1966年の2月に出された2枚目のシングル「さよならダンドリカ」もやはりエレキ歌謡だった。カップリングの「僕はロンリーボーイ」も垢抜けたポップス歌謡で時代を先取りしていた。その後、「悲しき夕日」「ぼくの涙をあずけよう」とリリースはこの年いっぱいまでだが、さらなる新作も聴いてみたくなる歌手であった。
バニー智吉は当時の週刊誌を賑わした男装の麗人。最初のレコードもA面の「たったひと目で」で女心を、B面の「男の階段」で男の気持ちが歌われた倒錯の世界。ジャケット写真と実際の歌声のギャップに一瞬惑わされる。プロフィールの本名は吉田智吉と記載されているが、さらに別の出生名があったのだろうか。1965年12月にリリースされたデビュー盤に続き、1966年の「ブラック・ナイト」、1967年の「夜空のためいき」とやはり夜の世界が歌われている。3枚目のB面曲「胸のくぼみ」も意味深なタイトルだ。
五月みどりの代表作となった「温泉芸者」
コロムビアからの移籍組だった五月みどりの「温泉芸者」は、クラウンレコード創立時の第1回発売新譜の中の1枚。見事にヒットして、コロムビア時代の「おひまなら来てよね」「一週間に十日来い」と並ぶ代表作となった。
作詞・作曲の越純平は遠藤実の変名で、一節太郎の諸作品にも使われた別名義。有田めぐむこと星野哲郎が作詞したカップリングの「ご想像にまかせます」も魅力的なワードが詰まった傑作である。このヒットにより、「温泉旅行」「熱海で逢ってね」「哀愁芸者」などお座敷ソングのスマッシュヒットが連なった。
タバコの銘柄が歌詞に織り込まれた「シガレット小唄」も小林旭チックで面白い1曲。ほかにも米山正夫が久々に作曲を供した「殿さま小唄」や、マダムみどりの名で自作した「女のかぞえ唄」、その後他社へ移籍するも1980年代に再びクラウンから出された円熟の「あなたにひとすじ」「わかれ上手」まで、実に17枚のシングルがラインナップされており、今回の配信の中核を担っている。
正統派青春歌謡、高石かつ枝のクラウン第1弾シングル「おとめの像」
締めくくりは、コロムビアで10枚のシングルを出した後、北島三郎や五月みどりと同じく新会社クラウンへ移籍した高石かつ枝。1965年後半にはテイチクへ移籍するためクラウンでの活動期間は短かったが、その間に数多くのシングルが出された。第1弾「おとめの像」は1964年3月リリース。2枚目の「夢みるころ」も同時発売。優しく真摯な歌唱で、正統派青春歌謡を代表する数少ない女性歌手の1人に挙げられる。
すでに配信済みの柴山モモ子「娘の縁談」とのカップリングだった「としごろ」をはじめ、歌手の片面曲や、西郷輝彦と歌った「青空の下夢がいっぱい」、守屋浩との「スパットリンリン」などデュエットもありバラエティーに富んでいる。山内久らとの共唱「てんてこママさん」は東京12チャンネル(現:テレビ東京)で放映されたドラマの同名主題歌で極めてレアな逸品。「ロバータさあ歩きましょう」は盲目の童話作家・佐々木たづのエッセイをもとにしたイメージソングであった。オリジナルのレコードではほぼ入手不可能な貴重音源だらけだ。
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2026.09.29