連載【ディスカバー日本映画・昭和の隠れた名作を再発見】vol.1- 「ニッポン警視庁の恥といわれた二人組 刑事珍道中」
予算を絞った2本立て路線へと舵を切った80年代の角川映画
現在でこそ映画館での新作は1本立てで公開されるのが当たり前だが、80年代の地方都市では、かなりの大作、話題作でないかぎり、2本立てによる公開が一般的だった。厳密にいえば、この頃は2本立てから1本立てへの移行期でもあり、とりわけ日本映画の興行はその方向にシフトしつつあった。
大作1本立てへの路線の基礎となったものは色々と挙げられるが、とりわけ初期の角川映画の成功は見逃せない。70年代の『犬神家の一族』や『人間の証明』は製作費に加えて宣伝費も大量に投じたことで大ヒットを記録。当時の松竹・東映・東宝の大手映画会社はブログラム・ピクチャーと呼ばれる2本立て興行を基盤としていたが、角川の成功を受けて方針を少しずつ変えていくことになる。
ところが、その角川が80年代に入り、方針を変更。それまでの莫大な製作費を注ぎ込んだ大作1本立て路線から、予算を絞った作品の2本立て路線に舵を切る。これにより、薬師丸ひろ子や原田知世の主演による角川秘蔵アイドル主体の映画を成功させたのは、ご存知のとおりだ。しかし、この2本立て路線を角川が1980年に、イチ早く最初に実践したのが松田優作主演のハードボイルド活劇『野獣死すべし』と、本稿の主役である、その併映作品だ。
角川映画にしてはかなり異質な「刑事珍道中」
その作品とは、『ニッポン警視庁の恥といわれた二人組 刑事珍道中』。タイトルからしてバカコメディであることが明快なこの作品を覚えている方は、『野獣死すべし』に比べると圧倒的に少ないのではないだろうか。公開時も、宣伝に力が入れられたのは『野獣死すべし』の方だ。無理もない。原作 大藪春彦 × 監督 村川透 × 主演 松田優作の組み合わせは、前年のヒット作『蘇る金狼』に続くものだ。
対する『刑事珍道中』は、角川映画にしてはかなり異質である。そもそも角川映画は、角川書店刊のベストセラー原作小説のプッシュとともにメディアミックスで商業的な成功を築いてきた。しかし本作の場合はメディアミックスが可能な原作小説が存在しない、映画オリジナルのストーリー。劇場公開前に、ひっそりノベライズ小説が出版されたが、そういう点でも大藪春彦原作作品には見劣りしていた。映画ファン的には『戦国自衛隊』の斎藤光正が再び角川映画の監督を務めたことが気になった程度で、引きとしては弱い。『野獣死すべし』が7インチシングルのA面曲ならば、こちらB面曲であることは明らかだった。
時代の空気にも符合していた中村雅俊と勝野洋の掛け合い
劇場公開時、中学2年だった自分は、もちろん松田優作見たさに映画館に足を運んだ。当然、そんなに情報のない『刑事珍道中』には添え物程度の期待しかない。主演の中村雅俊と勝野洋は中坊でも知っているし、前者はテレビでしばしばお笑い演技を見ていたが、後者は『太陽にほえろ』のテキサス刑事に代表される熱血イメージしかないので、こういう映画に出て大丈夫なのだろうか?という不安が優先した。
しかし、である。中坊にこの映画はツボにハマった。ざっくりとストーリーを説明すると、何をやってもヘマばかりの刑事コンビが殺人の濡れ衣を着せられたことから、汚名を返上するために悪戦苦闘するというもの。お調子者でちゃらんぽらんな中村雅俊と、無意味にマジメな勝野洋の掛け合いは、くだらねえなあと思いつつも、爆笑したのを覚えている。ちなみに、この年はフジテレビで『THE MANZAI』が放映され、ツービートやB&B、紳助・竜介といった漫才コンビが大々的に脚光を浴び始めていたが、劇中のコンビ芸はそんな時代の空気にも符合していた。
主題歌は中村雅俊「マーマレードの朝」
そして、何より音楽オタクの中坊を引き付けたのは、そこで使われていた楽曲。桑田佳祐が提供した中村雅俊の「マーマレードの朝」が主題歌であることは映画を観る前から知っていたし、それをラジオで聴いてもいた。コメディのエンディングを締めくくるには、少々違和感のあるメロウなナンバーだが、これはこれで悪くない。
それ以上に筆者の心をとらえたのが、クライマックスの大騒動を盛り上げる、やたらとアップテンポのナンバーだ。これは映画を観て初めて聴いた曲だが、後にそれが近田春夫の「星くず兄弟の伝説」というナンバーであることを知った。近田春夫は前年、バスボンのCMに使われていたテクノポップ風の「ああ、レディ・ハリケーン」をチェックしていたが、こんなアッパーなビート曲もあるのか!と驚いた。中坊ながら、”なんだかわからないけどかっこいい曲” に分類され、早速レコードを買いに行った。
脚本は、その後テレビドラマ界の寵児となった鎌田敏夫
そんな鮮明な思い出とは裏腹に、『野獣死すべし』は今も松田優作伝説の主演作として語り継がれ、一方の『刑事珍道中』が語り継がれることはほとんどない。しかし、近田春夫が本作に提供した「星くず兄弟の伝説」は5年後の1985年、手塚眞監督の演出により同名の長編映画に進化を遂げ、一部のサブカル好きから熱狂的な支持を得た。また、オリジナル脚本を執筆し、ノベライズを書き起こした鎌田敏夫は、この後『金曜日の妻たちへ』でセンセーションを巻き起こし、『男女7人夏物語』も高視聴率を記録して、テレビドラマ界の寵児となった。
『刑事珍道中』を今、初めて見て笑えるかどうかはわからないが、あの時代の中坊は確かに喜んだ。一方で、『野獣死すべし』の松田優作の、醒めた炎であぶり出すようなインパクトも中坊には強烈だった。この2本だけでもお得なのだが、筆者の地元の映画館では石井聰亙監督の暴走映画『狂い咲きサンダーロード』を加えた3本立てで上映されるという、今思えば奇跡のプログラム。この後の人生を踏み外すには十分の映画館体験であった。
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2024.02.07