ミュージシャンとして評価される泰葉
泰葉がデビュー曲「フライディ・チャイナタウン」を引っさげて出てきたときには驚いた。林家三平の娘(もしくは海老名美どりの妹)ということにもビックリしたが、強く高く伸びる歌声、そして井上鑑がアレンジを施した都会的なサウンドはとても斬新だった。
しかし、泰葉というと、世間的には春風亭小朝との離婚会見での「金髪豚野郎」発言以降、エキセントリックなお騒がせタレント、というイメージが定着している気がする。音楽活動をしていたという事を知らなかった人も多いだろう。
とはいえ、ここ数年のシティポップブームによって、デビュー曲をはじめとする作品がクローズアップされ、最近では4枚のオリジナルアルバムがサブスクで配信されるようになったこともあり、ミュージシャンとして評価される機会が増えたことは誠に喜ばしい。
そんな作品の中から、私が一番好きな泰葉の曲をご紹介したい。その曲のタイトルは「水色のワンピース」。
NHKみんなのうたにも起用された「水色のワンピース」
泰葉というと「フライディ・チャイナタウン」や「ブルーナイト・ブルー」のような、エッジの効いたフュージョンテイストの曲の印象が強いと思うのだが、「水色のワンピース」は落ち着いたバラード。1982年8月から9月にかけてNHK『みんなのうた』にも起用された。
あなたが私に選んだ水色のワンピース
もう風に舞うこともなく部屋で泣いてる
この曲は泰葉が失恋した経験を基に作られたそうだ。失くした恋を振り返るにあたり、水色のワンピースを擬人化し、それが表に出る機会を失って泣いているという表現をすることで、より深い悲しさが伝わってくる。
作詞は荒木とよひさ。初期の泰葉に何曲も歌詞を提供している。他にもたくさんのヒット曲を手掛けているが、私がパッと思い浮かぶのはテレサ・テンの一連のヒット曲や、「豊兵衛」名義で書いた畑中葉子の曲だろうか。
ああ 季節の扉に つめたく閉ざされた
想い出を 指さきで 探そうとしている
このBメロで部分転調するところ(F#m7♭5→B7→Em)でドラマティックな展開になるのだが、再びAメロに戻る前のリタルダンドとブレイクが、悲しみに包まれながらも、「もうあの頃に戻ることはできないんだよ」と自分に言い聞かせている、そんな気持ちを表現しているように思える。
私が初めてこの曲を聴いたとき、「フライディ・チャイナタウン」のイメージがとても強かったので、泰葉という人はこんなに優しく寄り添ってくれるような歌い方もできるのか、と驚いた記憶がある。
シングルとは違うテイクを収録。ミニアルバム「わっ 不っ思議ー。」はかなり貴重
ところでこの曲、シングルとは違うアレンジの2テイクをミニアルバムとしてリリースしているのだが、A面に2本の溝がカッティングされていて、針を落とすタイミングでどちらのテイクが流れるかわからない、というなかなかに画期的なレコードだった。
そのタイトルは『わっ 不っ思議ー。』。まさに不思議なレコードだったが、音楽雑誌で取り上げられていたものの、残念ながらさほど話題にならなかった気がする。持っている方がいたらかなり貴重ではないだろうか。
ちなみにシングルヴァージョンの編曲は萩田光雄、ミニアルバムに収録されているヴァージョンの編曲は泰葉自身と若草恵。どのヴァージョンもメロディの美しさと泰葉の伸びやかな歌声を生かしたアレンジになっている。
「フライディ・チャイナタウン」だけではない!今こそ聴きたい泰葉の作品
他にも「水色のワンピース」と同じコンビで作られた「ポール・ポーリー・ポーラ」や、筒美京平が作曲した「下町スウィング」など、泰葉の作品にはたくさんの名曲がある。今回触れた「水色のワンピース」は残念ながらサブスク配信からは漏れているのたが、シングルヴァージョンがベストアルバムに収録されているので、CDで購入することができる。
近年のシティポップブームは、特定の楽曲がクローズアップされるものの、そのアーティストの他の作品に日が当たることがほとんどないような気がする。このコラムで、泰葉は「フライディ・チャイナタウン」だけではない、ということを知っていただけたらとても嬉しい。
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2022.08.26