久保田利伸が1986年にデビューしてから、今年で40周年を迎えた。日本におけるブラックミュージックの第一人者として、40年の間その地位が揺るぐことはなく、いまも後進たちからリスペクトを一身に受け続けている。そのヴィジュアルやパフォーマンスからは、現在63歳という年齢は信じられない。3月11日にはデビュー40周年を記念したベストアルバム『THE BADDEST 〜Son of R&B〜』のリリースが予定されている。1980年代を中心に紹介した前編続き、この後編では1990年代以降の活動を追っていこう。
1991年の『KUBOJAH』は、レゲエをテーマにした企画要素の強い作品。1992年の『Neptune』は、久保田のポップスサイドをファンキーに表現したような親しみやすい作品。1993年にはフジテレビ系ドラマ『チャンス!』の主題歌となった名バラード「夢 with You」と「ふたりのオルケスタ」というシングルを2枚同時リリース。さらにベストアルバムの第2弾『the BADDEST Ⅱ』をリリースすると、1993年末にニューヨークへと居を移した。
そして、1995年9月、久保田は全米デビューを果たす。Toshi Kubota名義でリリースした全曲英語によるアルバム『SUNSHINE, MOONLIGHT』は、“トニー・トニー・トニー” 的なネオソウル感に、当時大ブレイク中のTLCのようなポップ感を加味した作品となった。ビル・ウィザースとグローヴァー・ワシントン・ジュニアのカバー曲「Just The Two of Us」は、ソウル Ⅱ ソウルのメンバーだったキャロン・ウィーラーとのデュエットとなっている。
アメリカでの活動は、2000年に『Nothing But Your Love』(ラッパーのPRASが参加)、2004年に『Time to Share』(モス・デフやアンジー・ストーンが参加)をリリースして終了する。あまり話題になることはなかったが、この時期に隆盛したネオソウル路線の作風で、作品のクオリティは高い。今だからこそ再評価を促したい。この全米での活動の間には、アンジー・ストーンと全米ツアーや、ソウルミュージックの伝統ともいえる全米ネットワーク番組『ソウル・トレイン』に日本人歌手として初めて出演していることも書き添えておこう。
「ロングバケーション」の主題歌になった「LA・LA・LA LOVE SONG」
日本での活動に話を戻そう。1996年には久保田にとって最大のシングルヒットが生まれている。そう、この「LA・LA・LA LOVE SONG」はフジテレビの月9枠で放送され社会現象となったドラマ『ロングバケーション』の主題歌となり、久保田にとって初のシングルチャート1位とダブルミリオンを達成。同じアパートメントに住んでいたというスーパーモデルのナオミ・キャンベルが英語で語りを聴かせている。歌い出しの部分は小田和正「ラブストーリーは突然に」、ホイットニー・ヒューストン「オールウェイズ・ラヴ・ユー」と並ぶミームのようになっている。