久保田利伸が1986年にデビューして、今年で40周年を迎えた。日本におけるブラックミュージックの第一人者として、40年の間その地位が揺るぐことはなく、いまも後進たちからリスペクトを一身に受け続けている。そのヴィジュアルやパフォーマンスからは、現在63歳という年齢が信じられない。3月11日にはデビュー40周年を記念したベストアルバム『THE BADDEST 〜Son of R&B〜』のリリースが予定されており、そのキャリアを前後編で振り返ってみたい。
しかし、「失意のダウンタウン」やその年の9月にリリースされたファーストアルバム『SHAKE IT PARADISE』には、いわゆるソウルミュージック調の曲はない。特に人気があったのはアルバム収録曲のバラード「Missing」で、シングル曲を差し置いて歌番組などで披露されることもあった。アレンジ次第ではブラコン的なバラードに仕上がる可能性もあったが、ここではポップス的なテイストの仕上がりになっている。
なお、MOTHER EARTHのキーボーディストである杉山卓夫はファーストアルバムにおいてもアレンジを担当するなど、バンドのリーダー格といえる人物。そして1986年から加入したもう1人のキーボード、柿崎洋一郎はファンキーサウンドの担い手として、東方神起のバンマスを担当するなど、現在に至るまでセッションミュージシャン界の重鎮として第一線で活躍し続けている。コーラスグループのAMAZONSも、ファーストアルバム『SHAKE IT PARADISE』時のツアーから参加している。
1988年リリースの3枚目のアルバム『Such A Funky Thang!』は初のオリコン1位を獲得した作品。アルバムからのリード曲となった「Dance If You Want It」は、日本で初めてニュージャック・スウィングを取り入れた楽曲で、(一義的には)最初のニュージャック・スウィングであるキース・スウェットの「I Want Her」からちょうど1年後のリリースとなった。この曲はリミックス入りの3曲入りの8センチCDとしてリリースされたが、なぜかミニアルバム扱いだった。これがシングルとしてチャートを上っていれば、日本産のソウルミュージックも違う局面を迎えていたのではないかという気がする。
1988年9月4日には久保田が中心となって、東京ベイNKホールで『NEW BLOOD '88-'89 SPECIAL IN CONCERT』を開催。このライブではGWINKO、MINNIE、AMAZONS、遠藤由美、富樫明生(m.c.A・T)、清水美恵、高橋洋子、ゲストに米米CLUBらが参加。日本のファンキーなミュージシャンが一堂に会する前例のないコンサートとなった。さらに、翌1989年12月には “FUNKA HIPS ALL STARS” と名を変えて、日本武道館でライブを開催。これらのライブは、P-FUNK的な大人数のミュージシャンが入り乱れるステージを目指したものと思われる。1990年にはFUNKA HIPS ALL STARS名義でシングル「OUR SONG」をリリースする。
「Dance If You Want It」は~(中略)~なぜかミニアルバム扱いだった。これがシングルとしてチャートを上っていれば
現在のオリコンでは「Dance If You Want It」と,同様にリカットされた「Indigo Waltz」「High Roller」はいずれも【アルバム】扱いですが,1988~89年当時,これら3曲はオリコンチャート上では【シングル】として扱われ,シングルチャートにランクインし,以下の最高位を記録しています。(後年,取り扱いがアルバムに変更されたのですが,その変更の経緯は当方も詳細を把握できておりません)
「Dance If You Want It」 1988年12月5日付 2位 「Indigo Waltz」 1989年2月6日付 6位 「High Roller」 1989年4月3日付 11位