裏番組は紅白歌合戦、日本テレビ「年末時代劇シリーズ」
年末のテレビの楽しみといえば、『レコード大賞』に始まり、『紅白歌合戦』… というのが鉄板だった80年代。そんな中、突如、綺羅星のごとく現れたのが、1985年から93年まで、年に1度放送された日テレの『年末時代劇シリーズ』だ。12月30、31日の2日間にわたり、しかも20時~23時頃まで長時間の放送。
年末で人々がてんやわんやしている時に、じっと見続けなければならない時代劇を放送するなんて、当時の日テレのスタッフたちの勇気と覚悟はすごいものがあったなぁと、今改めて思う。それに、なんといっても裏番組のライバルといえばあの『紅白歌合戦』だったのだから。
1作目の『忠臣蔵』、2作目の『白虎隊』、以降『田原坂』『五稜郭』『奇兵隊』『勝海舟』… など全9作品が放送されたこのシリーズ。特に幕末シリーズはとても面白かったし、『忠臣蔵』はこれまで見てきたものとは一味違っていて、脚本が素晴らしかった。
忠義や忠誠心だけではない「忠臣蔵」の面白さ
『忠臣蔵』のストーリーは言うまでもないが、吉良上野介(森繁久彌)にいびられ続けた浅野内匠頭(風間杜夫)が、ついに我慢の限界に達し、松の廊下で刀を抜いて斬りつけてしまう。切腹の沙汰を受け、お家は断絶。大石内蔵助(里見浩太朗)を筆頭に、家臣たちが復讐を果たす仇討ち物語だ。自分の命を賭してまでも忠義・忠誠心を貫く家臣たちの姿が描かれている。
けれど、この日テレ年末時代劇の『忠臣蔵』は忠実に物語を再現しつつも、少し視点が違っていて、そこがとても面白いのだ。大石内蔵助は知的で常に冷静。仇討ちを果たしたのち、自分たちに対する世間の追い風も計算して、間接的とはいえ時の将軍・徳川綱吉に問いかける。「仇討ちという行為は罰せられるべきものなのか。幕府が下した仕打ちのほうこそ過ちだったのではないか。この世間の風を無視して私たちを処分できるのか…」と。
ラストシーンが近づく中、2人の儒学者と綱吉公が内蔵助はじめ四十七士の処分について侃々諤々と議論を戦わすシーンは見ものだ。儒学者役を佐野浅夫と西村晃が務めており、今観ると「あれ? これってW水戸黄門!!」とつい心がざわついてしまう。忠義や忠誠心の美しさに加え、「時の政権に物申す」「正義とは一体何なのか」を問いかけてくる秀逸な時代劇だ。
ちなみに吉良が討たれる最大の見せ場では、四十七士が憎き吉良に対し最大の敬意を表し、雪の積もる庭に畳を敷く。そこへ吉良が白装束姿で登場し、舞いを踊る。辞世の句ならぬ、最後の舞。この時の森繁久彌の迫力ある演技には思わず息を呑む。
時代劇の最高傑作「白虎隊」、中川勝彦も沖田総司役で出演
1986年に放送された2作目『白虎隊』についても説明は不要だろうが、ざっと書くことにする。
―― 時は幕末。真面目すぎるほど真面目な会津藩主・松平容保は、滅びゆく徳川幕府を必死に支えるが、いつしかそんな幕府にも裏切られ、新政府軍に朝敵とみなされてしまう。そして戊辰戦争が勃発し、会津戦争へ突入。会津藩の人たちは懸命に戦うも、劣勢を強いられる。16~17歳の男子で結成された予備兵の白虎隊も否応なく駆り出されることに。戦火の中、なんとかたどり着いた山頂で見たある光景が、少年たちに悲劇を生む――。
年末時代劇シリーズの中でも特に人気が高い作品で、個人的にも今まで観た時代劇の中では不動のナンバーワン作品だ。
『忠臣蔵』に引き続き、里見浩太朗や森繁久彌らが出演し、脇を固めるキャストたちの豪華さも圧巻だった。紅白には敵わないまでも視聴率も高く、年末時代劇シリーズが続く決定打となったといえるだろう。
この物語では、幕府側に立つ新選組の姿も描かれている。新選組の美少年・沖田総司役を中川翔子の父である、ミュージシャン・中川勝彦が好演。これまでにさまざまな役者が沖田役を演じてきたが、これほど美しい沖田総司をいまだ見たことがない。これをきっかけに中川を知った人も多く、私もそんな1人だった。まるで沖田を真似るように、若くして空のかなたへと旅立ってしまった中川勝彦。彼が演じた沖田の儚さは、すごみがあって、今でも沖田総司ファンの間でたびたび話題に上るほどだ。
主題歌は堀内孝雄、秒で泣ける「愛しき日々」
この2つの作品で重要な演出効果を担ったのが、堀内孝雄が歌う主題歌だ。
『忠臣蔵』では「憧れ遊び」、『白虎隊』では「愛しき日々」が主題歌として物語に花を添えている。この時代劇シリーズは、とにかく主題歌が抜群に良い!! そしてその使い方、流すタイミングが絶妙すぎる!! ここぞという “泣きのシーン” に決まって流れてくる堀内のドラマチックな歌声。泣かずにいられる人がどれほどいるだろうか。これほど主題歌と物語が深く結びついた時代劇は他にないだろう。
本来ならもっと演歌調の曲を使ってもよかったと思うが、こうして堀内を起用したあたりが、この時代劇シリーズの斬新さでもある。
男の生き様をテーマにした「憧れ遊び」も、時代に翻弄されながら命を落とす若者たちの姿を描いた「愛しき日々」も、物語のイメージにあまりにもぴったりで、作詞を担当したのは小椋佳…。さすがとしかいいようがない。
特に「愛しき日々」を聴くと、今でも秒で泣ける… いや号泣してしまう。
かたくなまでの ひとすじの道
愚か者だと 笑いますか
もう少し時が ゆるやかであったなら
急ぐ命を 笑いますか
もう少し時が 優しさを投げたなら
いとしき日々の はかなさは
消え残る夢 青春の影
会津の人々、新選組、そして白虎隊の生き様そのものを表す名曲中の名曲で、堀内にとっても代表曲となった。
年末時代劇が作り出した新ジャンル、ニューアダルトミュージック
「愛しき日々」を歌った頃から、堀内孝雄の音楽は “ニューアダルトミュージック” と称されるようになる。ニューアダルトミュージックとは、演歌や歌謡曲のような歌詞に、スローでアダルトなメロディーを合わせたものを指す。
年末時代劇が作られなければ、こうした名曲も、音楽ジャンルも、生まれることはなかっただろう。
最近では数年に1度、BSで再放送されることもあるが、昨年末、年頭は見当たらなかった。時代劇の放送が少なくなった今をとても寂しく思う。まだ観たことがない人は、ぜひ観てほしい。激動の時代に翻弄されながらも、ひたむきに生きた人々の姿や運命からは、必ず大きな何かを感じられるはずだ。心から再放送を望む。
2020.12.30