1986年、12の月… 北斗の拳は僕たちに新しい興奮を与えてくれた。
核ミサイルで国家は消滅し、略奪と殺し合いが続く戦国時代さながらの乱世を迎えた近未来。力こそがすべて。そんな終末の世界に現れた救世主は、歴史の裏側で暗躍し続けた一子相伝の暗殺拳の使い手だった。その拳法に対峙した者たちは、経絡秘孔(人体の急所であるツボ)を突かれ体の内部から爆発したように死ぬ。
マッドマックスとブルース・リーに夢中だった僕たちが夢中にならないはずがない。連載第1話から一気に心を鷲掴みにされた。テレビアニメが始まると、拳法の達人である主人公ケンシロウの甲高い雄叫びをよく真似したものだ。
「あたたたたたたたたッ!あたたたたたたたたたたたッ!おわッたぁ!」
その声を演じた神谷明さんは後に『トリビアの泉』(フジテレビ)のインタビューで述懐しているが、のどに負担がかかるこの雄叫びを各回の物語の最後で、“今日の仕事はこれで終わりだ” という意味を込めて、
「おわッたぁ!(終わった!)」
と最後に付けていたのだそうである。
さて、ケンシロウのこの甲高い雄叫びが、神谷さんの声のA面だとすれば、会話するシーンなどの少し低めに抑えた渋めの声はB面と言える。そこで、B面神谷ケンシロウが歌う挿入歌「枯れた大地」を紹介したい。これは、ケンシロウが愛する女性ユリアを歌ったラヴソングでもある。
零れ落ちる夕日の中で
忘れられぬ瞳だけ
俺の心 呼びさますよ
ユリア 風になれ
北の空 見上げて
心に誓うのさ
お前の悲しみを
変えてみせるから
作詞は70年代から80年代にかけて数多くの女性アイドルの全盛期を支え続けた三浦徳子。特に初期の松田聖子の楽曲群は、綺羅星のように輝く大ヒット曲ばかり。三浦さんはデビュー曲から「夏の扉」まで、松本隆にそのバトンを渡すまでの間、等身大のナチュラルな松田聖子像を表現してきた。
その彼女が描くケンシロウは、まるで現実にいる男のように思える。作品に流れる男性が望む「ヒーロー像」だけを前面に押し出していくのではなく、孤独な男の内に秘めた思いをシンプルに表現、誇張することなく自然に描く。
思うにクリスタルキングの主題歌のように強烈なインパクトを狙っていないところが、この曲の良いところだろう。初期の松田聖子を繊細にイメージし慈しむように作りあげた「青い珊瑚礁」や「風は秋色」の作詞の仕方と似ていると思う。乱暴かもしれないが聖子ちゃんをケンシロウに置き換えたら「枯れた大地」が出来上がったという感じ。
ところで、「枯れた大地」の重厚なサウンドを聴いてお気付きの方もいるかもしれない。どこかで聞いたことのある旋律ではないか!
作曲したのは青木望。大ヒットアニメ映画『銀河鉄道999』(1979年)のサウンドトラックを仕上げた作曲家だ。
青木氏は壮大なシンフォニックサウンド「惑星メーテルのテーマ」のほか、「鉄郎勇気ある少年」、「可憐な少女 ガラスのクレア」、「心の詩とアルカディア号」など、登場人物たちの感情を見事に表現し、印象に残る多くの楽曲を残している。
キース・エマーソンと組んだ『幻魔大戦』(1983年)のサウンドトラックでもその力は存分に発揮された。シンセサイザーとオーケストラ伴奏を見事に融合させたそのサウンドの美しさは映画本編を超える素晴らしい出来だった。
さあ、ここまで読んだら、あとは最初から最後までじっくりと聴くしかあるまい。
歌は流れる、あなたの胸に。今、アニメ界の王座に燦然と光り輝くレジェンド… お待ちどうさま、ケンシロウが歌います。枯れた大地、お前はすでに聴いている!!! あたたたたたたたたたたたッ! おわッたぁ!
歌詞引用:
枯れた大地 / ケンシロウ(神谷明)
2017.08.03
YouTube / hiro tubame
YouTube / 出丸
Information