5月16日
東京ドームのデヴィッド・ボウイ、これが最後の「ロックンロールの自殺者」
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デヴィッド・ボウイの「サウンド+ヴィジョン」ツアー(2日め)が東京ドームで行われた日
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photo:Discogs  

Re:minderのコラムを執筆するにあたって貴重な資料となっているのが我が日記である。最近はすっかりサボってしまっているが’80年代から’90年代前半は皆勤賞であった。

今回1990年のデヴィッド・ボウイの東京ドーム公演について書くにあたり日記を引っ張り出してみると、2日連続公演の1日めにはアンコールが無かったと記されていた。しかしセットリストのウィキペディア “setlist.fm” を始めとして、ネットでは初日にもアンコールがあったという情報の方が多かった。そこで新聞の縮刷版、並びに複数の書籍に当たったところ、やはり初日にはアンコールは無かったことが確認出来た。日記が無ければ僕はネットの大勢を占める情報を鵜呑みにしていたかもしれない。

僕が足を運んだのは2日め、1990年5月16日(水)の公演だった。ボウイの3年振りのツアーであり7年振りの日本公演であった「サウンド+ヴィジョン」ツアー。7年前の「シリアス・ムーンライト」ツアーは高3で大学受験を控え行けなかった僕にとって、これが初めての生ボウイだった。しかしこの時点のボウイは、実はティン・マシーンのメンバーの1人だったのである。

’80年代後半のソロ活動の行き詰まりから1988年に新たなバンド、ティン・マシーンを結成したボウイはソロ活動を封印した筈だった。しかし1990年に旧作のリイシューが行われ、これに応える形でソロ活動を一時再開したのがこの「サウンド+ヴィジョン」ツアーであった。セットリストはずばりグレイテストヒッツ。このツアーをもってボウイの曲は本当に封印される。バックメンバーはギターのエイドリアン・ブリューを始めとした4人という小所帯であった。

社会人2年めの僕はバックネット裏最前列に陣取った。コンサートはいきなりボウイの出世作「スペース・オディティ」から始まる。歴史の重みがひしひしと伝わってきた。その後も新旧の名曲が続々繰り出される。’84年のヒット曲「ブルー・ジーン」が日本で歌われたのもこれが初めてであった。しかし開始から1時間、僅か13曲を歌ったところで休憩が入ってしまった。

前日アンコールを行わなかったのにも体調不良説があった。それ故の早めの休憩だったのだろうか。しかし再開後も僅か7曲、30分でコンサート本編は終わってしまう。これだけでアンコールも無かった前日の観客から不満の声が上がったのも無理は無かった。幸いにしてこの日はアンコールがあった。3曲めの「モダン・ラヴ」はキーが下げられていたのが残念だったが、他にもキーの下げられた曲は何曲かあった。「ジーン・ジニー」を挟み、ボウイがアコギを手にした。イントロを爪弾くと、場内から地鳴りの様な歓声が上がった。

それは「ロックン・ロールの自殺者」であった。1972年の不朽のコンセプトアルバム『ジギー・スターダスト』の最後を締めくくるこの曲は1973年の初来日公演以来実に17年振りに歌われたのだった。場内のこの日最高の歓声も当然のことだった。もっと早くここまで盛り上がればよかったのに、とも僕は思った。そして “setlist.fm” によると(信じていいのかな)、この曲が日本で歌われたのはこれが最後になった。この時の静かなる熱狂を、僕は未だに忘れることが出来ない。

ボウイはこの後ティン・マシーンでアルバムを1枚出し解散。再びソロ活動に戻る。行き詰まりを打開するために結成したティン・マシーン時代は、またしてもボウイの惑える時だったのだ。その最中に行われた「サウンド+ヴィジョン」ツアー東京ドーム公演は、その危うさ故に、僕が再び足を運んだ次の1996年の日本公演(封印された筈の古い曲もバリバリ歌われていた)よりも遥かに深い爪あとを僕の心に残している。

この時第2部以降アンコール最後までボウイが着ていた胸元と袖口にフリルの付いた白いシャツが『DAVID BOWIE is』に展示されている。デザイナーはジョルジオ・アルマーニ。何とも’80年代らしい名前ではないか。「ロックン・ロールの自殺者」もこのシャツを着て歌われたのだ。そして「ショウ・モーメント」のコーナーでは「ロックン・ロールの自殺者」を文字通り全身で浴びることが出来る。言わば27年振りの日本公演。是非この機会を逃さず体感して頂きたい。

2017.03.07
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  YouTube / DAVID BOWIE is
 

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カタリベ
1965年生まれ
宮木宣嗣
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