9月7日

アイドルから表現者への歩み、中森明菜「禁区」流浪する歌姫への旅立ち

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明菜人気を確立させた2曲、「禁区」と「北ウイング」


今を遡ること38年前の1982年に、アイドルのデビュー曲としては少し地味なスローバラード「スローモーション」で歌手への道を歩み始めた中森明菜。続く「少女A」はロック、3枚目の「セカンド・ラブ」は再びバラードと、印象が180度異なる曲を交互に出しながらトップアイドルへ上り詰めたことはよく知られる

このサイクルを終わらせたのが、1983年9月に発売された6枚目のシングル「禁区」と、翌年の元旦に発売された「北ウイング」である。この2曲の大ヒットが明菜人気を不動のものにし、松田聖子とともに80年代を代表する女性シンガーの地位を確立してゆく。

「北ウイング」は80年代の歌謡史に名を刻む屈指の名曲だと思うが、ここでは「禁区」について新たな視点で語りたい。

1983年の中森明菜、ファン層の拡大に向け変化を模索


まず、「禁区」が発売された1983年の状況を振り返る。この年は、明菜と同じ1982年にデビューした女性アイドル(小泉今日子、堀ちえみ、石川秀美、早見優など)、いわゆる “花の82年組” が次々と頭角を現した年だ。そして、「セカンド・ラブ」の大ヒットで早々に頂点を極めた明菜にとっても、ファン層の拡大に向け変化を模索した年だった。

その最初の変化が「禁区」と、その1ヶ月前に出されたアルバム『NEW AKINA エトランゼ』である。

このアルバムは、タイトルからして新しい明菜像を訴求したいスタッフの熱量が伝わってくるが、楽曲の制作陣も、まるで松田聖子のアルバムを追随するかのように大物アーティストが名を連ねる。その中には、聖子の曲を制作して “聖子陣営” と目されていた財津和夫や細野晴臣も加わっていた。

アイドルから大人の歌姫へ、新しい道を歩む不安と決意


その細野がシングル曲として明菜に提供したのが「禁区」である。正確には、最初に提供した曲が採用されずに書き直したのが「禁区」だった。これについては、カタリベKZM-Xさんのコラム『YMO最後の実験、シモンズドラムを使った「過激な淑女」と 明菜の「禁区」』を参照されたい。

作詞は、「少女A」以降、ロックでツッパリ曲を担当していた売野雅勇。しかし曲調はロックでなく、電子音をベースにした細野ならではのテクノポップ。シンセサイザーとストリングスが融合したキャッチーなテクノ歌謡に仕上がっている。当時、私は高校2年だったが、「禁区」の軽快なドラムのイントロをYMOファンの同級生が器用に口ずさんでいたのを思い出す。

つい何度も聴きたくなる小気味良いサウンドが功を奏し、「禁区」は前作の「トワイライト」で逃したオリコン1位を再び獲得。トップアイドルの座を堅持する。

しかし「禁区」の価値は、細野の起用で明菜のテコ入れを図ったことでは決してない。アイドルから大人の歌姫への道を歩み出す明菜の不安と決意が、曲から伝わってくることだ。もともと明菜は清純派路線を望みながらもツッパリ曲を歌わされ、それがきっかけでブレイクしたアイドル。人気が出て嬉しい反面、生意気に見られ当惑していた。その心境が、歌詞と歌声から透けて見えるのだ。

戻りたい 戻れない 気持ちうらはら


「禁区」は、少女が大人の男性に恋愛して引き返せなくなる歌である。奇抜なタイトルは、明菜の育ての親ともいえるワーナー・パイオニアのディレクター、島田雄三氏が考案したのだろう。濱口英樹氏の著書『ヒットソングを創った男たち』(シンコーミュージック)によれば、不倫を扱った吉行淳之介の小説『夕暮まで』を島田氏が読み、曲のモチーフを得たそうだ。島田氏の発注で書かれた売野氏の歌詞には、大人との危険な恋を終わらせられない少女の葛藤が描かれる。一番の歌詞のBメロを引用する。

 ときめきが 理性に目隠しする
 これ以上進んだら 自信がないわ

無機質なテンポを軽快に刻んできたメロディーが、ここで妖しい雰囲気に変わる。そして、大人の男性にひかれる自分を冷静に分析してきた少女の心に暗雲が立ち込める。これ以上関係が進めば、理性を保てる自信がない。しかし、ときめく心は抑えきれない。迷ううちに、メロディーは容赦なくサビへ突入する。

 戻りたい 戻れない 気持ちうらはら
 とまどいはもう愛ね… そろそろ禁区
 あそびならまだましよ 救われるから
 他のひと愛せれば いいのだけれど
 それはちょっとできない 相談ね

ここで少女は、とまどう気持ちが愛だと認識する。しかし、もうすぐ少女が立ち入るべきでない区域に入る。引き返すのか進むのか? 思春期特有の理性と感情がぶつかり合う場面だ。狭い音域内に声を抑えられてきた明菜も、サビでは感情を解き放ち、葛藤を叫ぶように歌う。そして2番。

覚悟を決めたアイドル、自分の感性を信じて “今” に全力を…


 「このあたり潮時…」とあなたは
 思っているはず 横顔違う
 謎めいた 微笑み 惑わされて
 振り向けば 帰り道 黄昏の中

男性にとって少女との恋愛は遊び。そろそろ関係を切る潮時と思っていた。しかし少女は本気だった。気がつけば辺りは黄昏。大人の世界の象徴のような夜が迫っていた。テクノポップのように心地よい快楽を享受するうちに、「禁区」を越えつつあったのだ。少女だった昼間の自分には、もう戻れない。

そして明菜も、清純派のアイドルには戻れないと、歌いながら覚悟を決めたのではないか。2番のサビ。

 「平凡な愛でいい…」心うらはら
 危険な気なあなたしか もう愛せない
 唇口でふさがれた 胸がつぶやく
 私からサヨナラを 言わせるつもり…
 それはちょっとできない 相談ね

心うらはらどころではない。1番では逡巡していた少女が、2番で吹っ切れる。目の前の恋に夢中になるうちに、引き際を逸したのだ。ここで、後先や周りを気にせず自分の感性を信じて今に全力を注ぐ明菜の生き方と、歌詞が重なる。予定調和に従い自分を抑える生き方は、明菜にとっても「できない相談」だった。いわば、いい子の自分をここで捨てたのだ。

変化を続ける歌姫人生、その魅力の萌芽は「禁区」にあり!


その3ヶ月後、平凡な愛より感情を優先した少女、いや大人になった女性は、成田空港の北ウイングからロンドンへと旅立つ。もはや迷いは見られない。折しも、7枚目シングル「北ウイング」の作曲・作詞家を指名し、タイトルを決めたのは明菜自身だった。

以降の明菜は、アイドルの枠を破りアーティスト… “表現者” へと歩を進める。それは、制作陣を次々と変えながら自分の可能性に挑み続ける “流浪する歌姫” への道だった。先が見えない不安を打ち払うように、明菜は自分のリミッターを解除し続け、まるでジプシーが歌う舞曲のように、心の中の哀しみを歌声に載せてゆく。

1986年2月発売の「DESIRE」では、明菜の意見でA面とB面を入れ替えて大ヒット。女性初の2年連続レコード大賞を受賞する。

この時、B面になった曲は「LA BOHEME(ラ・ボエーム)」。流浪するジプシーを明菜になぞらえたような歌詞と物悲しく美しいメロディーは、A面でも遜色ない曲だ。しかし明菜は、既定路線のこの曲よりも新たな表現への挑戦を優先し、「DESIRE」を選ぶのだ。

ひとつの世界に安住せず、表現者として変化を続ける歌姫人生を選んだ明菜。その生き方はファンの心をつかみ、時に涙を誘い、リスナーをひきつけてやまない。その萌芽が、理性より感情を優先した「禁区」に見られるのである。



2020.11.22
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カタリベ
1966年生まれ
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