6月25日

伊藤銀次が語る「サムデイ」制作秘話、佐野元春のMCにじんじんきてた理由

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扇情的だった佐野元春のパフォーマンス


僕がザ・ハートランドのメンバーだったとき、佐野元春と回った全国ツアーでの彼のパフォーマンスは、どの会場でも毎回感動の嵐が必ず巻き起る扇情的なもので、曲間での当時の彼のMCも、オーディエンスの心を激しく燃やすものだった。中でも「SOMEDAY」が始まる前のMCは特に心を掻き立てるものがあった。

そのMCは、デビュー前、仕事で西海岸に行った時知り合ったダニー・ペックというミュージシャンとのエピソード。彼の自宅に招待され、彼のアルバムを聴かされた元春は、そのサウンドが西海岸よりもイーストコースト向きだとアドバイス。

その翌日、帰日するため飛行場にいた元春の後ろを駆けてくる足音に振り返ると、そこにダニーが。

「モト、君のアドバイスを得て僕はこれからニューヨークに行くことにしたよ!」

そこで最後に元春の力強い曲紹介が!!

「みんなもきっと “いつか” って思うことがあると思うんだ。そんな気持ちを歌にしました。そのタイトルは… SOMEDAY!!」

この瞬間に遭遇した音楽ファンは間違いなくこの時背筋に感動の旋律が走ったにちがいない。かく言う僕も毎回ステージ上でじんじんきていたからね。

佐野元春の特別な想い、大事に育てた「SOMEDAY」


縁があって1980年の彼のデビューアルバム、『BACK TO THE STREET』の制作に関わることになり、さらに彼のバンドのメンバーとなり、続くセカンドアルバム、『HEART BEAT』を経てサウンドの相談役として彼と関わってきた僕にとってシングル「SOMEDAY」は実に感慨深い作品なのだ。

彼の口から「SOMEDAY」の名前が出たのはアルバム「SOMEDAY」の一年前、セカンドアルバム『HEART BEAT』制作の時だった。

「銀次、とってもすてきな曲ができたんだよ。“SOMEDAY” っていうんだ」

レコーディングが始まった頃、うれしそうに語っていた元春だが、制作がどんどん進んでいっても、いっこうにその曲が登場しないのだった。終盤に差し掛かった頃、気になって「ところで “SOMEDAY” はどうなったんだい?」と尋ねてみると、「まだなんだ」との返事。そこでピンときて、こう突っ込んでみた。

「ひょっとして、“SOMEDAY!” って叫ぶところしかできてないんじゃない?」
「そうなんだ」

…と、案の定… というか、そう返してきた。そのとき、なんか微笑ましい気持ちになったね。ファーストアルバムの時だったらそのアイデアを、ちゃちゃっと曲にしただろうに。なぜかこの曲には、僕にはわからない元春の特別な想いがあって、大事に育てている感じが伝わってきたからだ。そこで僕はその曲の出来上がる次の機会をじっと待つことにした。

佐野元春の背を押した、ナイアガラのウォール・オブ・サウンド


何事にも潮が満ちる時があるものだ。ちょうどその頃、大滝詠一さんの『A LONG VACATION』のレコーディングの真っ最中で、「遊びにおいで」と大滝さんからお誘いを受け、元春も連れて見学にでかけた。そしてそのとき六本木ソニースタジオで、リズム隊を何度もダビングして作りだされるナイアガラの “Wall Of Sound” の秘密を目の当たりにしたことが、温めていた「SOMEDAY」の完成へ向けて、彼の背を押すことになったのだった。

それから何日か後に、元春から「「SOMEDAY」を、あのナイアガラ・スタイルで録りたいんだ」との連絡が。

「おお、ようやく形になったのか!」と喜んでいたら、なんと「今回は銀次の助けなしに僕一人でレコーディングを進めたいんだ」とのこと。ただ「もし何かあったときのために現場にいてほしい」とも。

彼の言葉の端々に、どこか固い決意のようなものを感じたので、今回はミュージシャン用の譜面だけを書いてちょっとドキドキしながら見守ることにした。

レコーディング当日、そこには今までみたことのなかった凛々しい佐野元春がいた。ファーストアルバムの頃には気持ちだけが先に立ってミュージシャンたちにうまくやりたいことが伝えられなかった彼が、クールに、的確にメンバーに指示を出していたのだ。僕の心配をよそにレコーディングはスムーズに運び、そしてあのすばらしいサウンドがスタジオのラージスピーカーから流れてきたときの感慨はひと言で表せないないものだったね。

わずか3年、ついに見たアーティスト佐野元春の完成


それまでは感じたことをなるべく早く形にしようとしてきた彼が、ライヴを通してオーディエンスの反応から学習したからなのだろうか、すべてのオーディエンスに「SOMEDAY」といっしょに叫んでもらいたい気持ちが強く働いたのだろうか、イントロからAメロ、Bメロがまるでつづら折れの山をくねくねと登っていくように、確実に「SOMEDAY」の高みにまで聴くものを導く、入念に練り上げられたアレンジに僕は舌を巻いた。

彼に関わったわずか3年で、ホップ・ステップ・ジャンプ… と、ついに “アーティスト佐野元春” の完成をそこに見た気がした。デビュー当時は決して恵まれた音楽環境とは言えない状況の中、彼を信じてやり続けてきてほんとによかったと思えた瞬間でもあった。

「みんなもきっと “いつか” って思うことがあると思うんだ。そんな気持ちを歌にしました」

僕が彼のツアーでステージに立っていた時、このMCを聞くたびにじんじんきてたのは、僕しか知らなかったこんなエピソードがあったからなのだ。



2021.06.25
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カタリベ
1950年生まれ
伊藤銀次
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