3月21日

音楽界のサグラダ・ファミリア!大滝詠一が「EACH TIME」で聴かせたかったものは何なのか

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大滝詠一生前最後のフルアルバム「EACH TIME」


“『EACH TIME』って、ガウディのサグラダ・ファミリアだよな” とリイシューのたびに思うのは私だけじゃないだろう。1984年3月21日発売、大滝詠一・通算6枚目のソロアルバム『EACH TIME』。結果的に、スタジオ収録のオリジナルフルアルバムとしては、大滝の生前最後のアルバムとなった。

このアルバム、リイシューされるたびに何らかの改変が加えられてきた、まこと厄介な作品だ。9曲入りのオリジナル盤が出た2年後、1986年6月1日に『Complete EACH TIME』がリリース。収録時間やカッティング技術などの都合でオリジナル盤に入っていなかった「Bachelor Girl」と「フィヨルドの少女」の2曲が新たに追加され、11曲入りとなった。私は上京した年、貴重な仕送りをはたいてこのアルバムを買った。



“Complete” と言うからにはこれが完全版かと思いきや、その3年後、1989年6月1日に出た “1989年盤” ではなんと「魔法の瞳」と「ガラス壜の中の船」がカット。『Complete EACH TIME』で追加された「Bachelor Girl」と「フィヨルドの少女」はそのまま残り、つまりオリジナルと比べると、2曲が差し替えられた形になった。私としては「じゃ、3年前の “Complete” ってのは何だったんだ? あれは “完全版” じゃなかったのか?」と複雑な気持ちになり、この “1989年盤” は買わなかった。

その2年後の1991年3月21日。CDが普及して間もなかった当時、過去の名盤を復刻し、極薄型のケースで廉価版として売る ”CD選書” というシリーズがあった。『EACH TIME』もその対象になり、リマスターが施されたのだが、収録曲はオリジナルの9曲に戻された(これは買った)。

リリースを待たず大滝が逝去してしまった「30th Anniversary Edition」


そしてオリジナル盤発売からジャスト20年後、2004年3月21日に『20th Anniversary Edition』がリリース。ここで再びリマスターが行われ、「Bachelor Girl」と「フィヨルドの少女」が復活。さらに曲順が変更され、オリジナル盤ではオープニング曲だった「魔法の瞳」が「レイクサイド ストーリー」の前に移動(CDだと9曲目)。「夏のペーパーバック」がアルバムのオープニング曲になり、締めが「フィヨルドの少女」となった。この改変も、オリジナル盤をずっと聴いてきたせいか、なんか違和感があったなぁ。

で、そのまた10年後…… 2014年3月21日にリリースされた『30th Anniversary Edition』では大滝自身が新たにリマスターを行い、前作で移動させられた「魔法の瞳」が今度は4曲目に移動。そのほか曲によってヴァージョンがオリジナルと微妙に違うなど、細かい違いを挙げていくとキリがないので省略するが、要するに大滝は “またいじった” のだ。



この30周年記念盤、初回盤のジャケット右中央には、大滝直筆の「Final」「Complete」という文字が入った爆弾ステッカーがデザインされている。おそらく大滝としては “これが本当の完成形” というつもりだったのだろう。ところが…… すべてのリマスター作業を終えた2013年暮れ、発売を待たずに大滝は突然逝った。なので、この30周年記念盤が本当の意味での決定版だったかどうかは、誰にもわからない。いずれにせよ、大滝本人がこのアルバムに直接手を加えることは、未来永劫できなくなった。

リリース40周年記念盤「EACH TIME 40th Anniversary Edition」発売予定


それからまた10年…… 2024年3月21日に発売予定の『EACH TIME 40th Anniversary Edition』は2023年12月26日の時点で、曲順などはまだ発表されていない。もしまた曲順が変わったりするのであれば、それは本人の意思ではないことになるが、大滝のことだ。何か遺言代わりのメモなどを遺していそうではある。

しかし、没後も完成を目指して作業が続けられるって、ホントにこのアルバムは音楽界のサグラダ・ファミリアだ。ある熱心なナイアガラーは「オレたちは、周年のたびに貧乏になる」とこぼしていたけれど、追いかけるファンも大変である。

大滝詠一出演、ラジオ番組の音源が収録


ところで、今回の40周年記念盤、情報が発表されているところで “オッ” と思ったのは、BOX盤に収録予定の “ラジオ番組” の音源だ。おそらくこの番組は、オリジナル盤発売直後の1984年4月、大滝がゲスト出演したFM東京(当時)の番組『井上大輔の音楽ってなんだ!』だと思われる。未編集の対談内容をディスク1枚にまるまる収録するそうで、40年前の番組素材(放送で使わなかった分を含む)が残っていたことに驚く。大滝自身の口から、このアルバムをどんな思いで完成させたかを聞ける貴重な資料だ。

この井上氏の番組、私も当時放送された分の音源を持っている。大滝はなぜ『EACH TIME』をこれほど執拗にいじり続けたのか? 本人に確かめる術はもうないけれど、番組の同録からそのヒントを探ってみよう。

「EACH TIME」の根幹に関わる大滝の発言とは?





当時出たばかりの新譜『EACH TIME』をテーマに、大滝と井上の話は “レコーディング術” に発展。注目は、ボーカルの録音に関する部分だ。

井上「テレコ、2台回してるんですか?」

大滝「やってます」

井上「24チャンを?」

大滝「24チャンネルっていうのが、いま日本にある、いちばん数の多い録音(機材)なんですよね。1台に24(トラックの)音が入るということで。で、足りないんですよ」

井上「足りない?」

大滝「足りない。足りないんで、それを同時に “せーの” で回して、いちおう48チャンネルにしてるんです。それでも足りない」

井上「なんで? それは? ボーカルのオーバーダビングが多いから?」

大滝「うーんと、それもありますね。とにかく、最初にリズムを録ってるうちに、24(チャンネル)はほとんど埋まってしまうんですね」

井上「まあ、そうでしょうね」

大滝「そうすると、歌(に使えるチャンネル)がなくなるでしょう。で、歌にとにかくいっぱい使いたい、っていうふうにこのごろ思いだしてですね。なんと今回、20チャンネル使ったんですよ」

ーー 別に多重録音をするわけでもないのに、ボーカルだけで20チャンネル(!)も使ったというのだ。実に大滝らしいが、なぜそんな面倒なことをしたのだろう?

大滝「なんでそんなに使ったかっていうと、とにかく、たくさんまず歌っておくと。要するに、歌ってすぐにセレクトしない、と。夏だから、夏の気分で、例えば、これは6月に歌ったと。で、ひと月ずつ歌って、冬になって、夏の気分で歌ったらどうなるか? だからね、20チャンネルっていうのは、そういう意味もあるんですよ」

このコメントはけっこう重要で、『EACH TIME』の根幹に関わる発言である。音にはとことんこだわり抜いた大滝だけれど、何より重視したのはバックの演奏ではなく、自身の “ボーカル” ではなかったか? 前作『A LONG VACATION』(1981年)では、洗練されたサウンドと、松本隆の詞世界、そして独特の翳りを帯びた大滝のボーカルが三位一体となって不朽の名作となった。その後継作を期待されたこのアルバムで、大滝がいちばん聴かせたかったものは何なのか? それは “自分の歌” だ。

そもそも、中学2年生のときにFENで聴いたエルヴィス・プレスリーに衝撃を受け、洋楽レコードのコレクターとなり、音楽の道を志した大滝。エルヴィスは時にギターも弾いたけれど、基本的に “歌手” だった。今度のアルバムでは原点に返り “ボーカリスト・大滝詠一” として、もっと自分の歌を立ててみよう… そんなことを考えていたような気がしてならない。

初夏から真冬までかけてボーカルを録った「夏のペーパーバック」





ところで、大滝がボーカルをチョイスするために20チャンネルも使った曲とは、いったいどの曲なのか? 大滝は番組中、その曲を明らかにしている。

大滝「でね、『夏のペーパーバック』っていうのが、ボーカル、20チャンネル使ったんですね。で、いちばん最初に歌ったのは5月。それから、6月、7月、ほとんどひと月ぐらいずつ1月まで歌って、その中から自分でこう、気分で選んだ……」

井上「で、結局、何月頃のを選んでるわけ?」

大滝「いや、だから、それが散りばめられてるんですよ」

井上「あー、部分的に」

大滝「よく言うでしょ。例えば『歌なんてのは、そのときの気分で1日でやんなきゃいけない』とか『そんなに間を置くとよくない』とか、なんかいろんなことあるでしょ。それにちょっと挑戦してみたかったんですよ」

井上「なるほど。それは面白い試みですね」

大滝「うん。だからもし、”あ、これは夏だろう” とか “これは冬に違いない” とかお気づきの方がいらっしゃったら、それはもうその人の耳がすごいか、僕の作りが下手か、どっちかなっていう感じです」

ーー さっそく、そのことを念頭に置いて「夏のペーパーバック」をあらためて聴いてみた。… 大滝さん、降参です(笑)。私にはボーカルの継ぎ目がまったくわからなかった。5月から1月までの間に録ったボーカルが散りばめられているのだとすれば、実に9ヵ月の幅があることになる。

夏の歌なんだから夏にバッと録っちゃえばいいのに、初夏から真冬までかけてボーカルを録った大滝。実際にその季節でないと醸し出せないボーカルというのが、きっとあるのだ。それを求めて大滝は、あえて時間を開けてボーカルを録り、絶妙につないだのである。それは『EACH TIME』を “ボーカル・アルバム” にしたかったからに他ならず、この面倒くささこそ大滝の真骨頂だ。そう考えると、大滝が20周年記念盤で曲順を変更し、「夏のペーパーバック」をアルバムの冒頭に据え、30周年記念盤でもそのままにした理由がなんとなくわかる気がする。

あ、でもね、大滝さん、1つだけわかりましたよ。この部分は冬に録ったでしょ? なんとも言えない哀愁を感じるので。

 波を見てくるわって
 ビーチに消えた
 君を探しに独り 
 歩き出すよ
 夕映えに影をひいて

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2023.12.30
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カタリベ
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