7月12日
山下達郎が楽曲提供した「ハイティーン・ブギ」。そして武田久美子
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近藤真彦のシングル「ハイティーン・ブギ」がオリコン週刊チャート1位を獲得した日
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マッチこと近藤真彦の7枚目のシングル「ハイティーン・ブギ」がリリースされたのは1982年6月30日。それから約2週間後、7月12日のオリコンウィークリーチャートで1位を獲得している。

「ルビーの指環」に阻まれて2位に留まったセカンドシングル「ヨコハマ・チーク」を除いて、6作目の1位獲得曲となった。年間チャートでも7位に入り、正にアイドルとして頂点を極めていた時期。同じジャニーズ事務所の田原俊彦、野村義男と共に “たのきんトリオ” と呼ばれ、彼らの主演による東宝映画 “たのきんスーパーヒットシリーズ” 第4弾『ハイティーン・ブギ』の主題歌として、映画の公開に先駆けて発売されたのだった。

それまで一貫して作曲を手がけていた筒美京平に代わり、作曲を手がけたのは山下達郎。レーベルメイトだったとはいえ、これには当時驚かされた記憶がある。82年は山下にとって重要な年で、1月に出したアルバム『FOR YOU』が大ヒットとなり、シングル「あまく危険な香り」が4月にリリースされた翌日に竹内まりやと結婚した。

そして秋にはそれまで所属していたレコード会社の RVC から、新設されたアルファ・ムーンへと移籍する(現在はワーナーミュージック内のレーベル、MOON RECORDS として存続)。「ハイティーン・ブギ」リリースの僅か9日前には、作・編曲とプロデュースを担当したフランク永井のシングル「WOMAN」もリリースされている。

山下が近藤の作品を手がけるにあたっては、当然それまでの筒美作品が参考にされたことだろう。特にちょうど一年前に近藤が主演した映画主題歌「ブルージーンズメモリー」の影響は色濃く感じられる。

凝り性の山下のことであるから、従来の路線を崩すことなく、自分が手がけることの意味も損なわない楽曲を作り上げようと真摯に向かい合った筈。ジャニーズ事務所の合宿所にまで足を運んだという。

その成果は完成した曲にしっかりと凝縮されている。仮に筒美京平の作曲といわれても納得してしまいそうな歌謡曲の魅力に溢れていることはもちろん、よく聴くと随所に独自のポップスセンスも散りばめられており、これぞ手練れの仕事といえるだろう。映画挿入歌のカップリング曲「MOMOKO」も作曲・編曲共に山下の作。作詞の松本隆との相性も、筒美に劣らずフィットしていた。

曲がNo.1ヒットを続けていた8月7日に公開された映画『ハイティーン・ブギ』も、それまでの慣習を打ち破る作品だった。

ひとつは過去3作がオリジナルストーリーであったのに対し、後藤ゆきおと牧野和子の漫画を原作としていたこと。そして、それまでの河崎義祐に代わって日活育ちの舛田利雄が監督に起用されたことが大きい。

当時の舛田監督は『宇宙戦艦ヤマト』の劇場用アニメ作品や、東映の『二百三高地』などの大作も手がけていたが、こうした青春スター映画となるとやはり日活時代の石原裕次郎主演作が想起される。

マッチが裕次郎の後継的ポジションにあったことは、大瀧詠一氏も指摘していた歌詞の「~だぜ」表現に顕著な不良性を帯びたキャラクターが証明しており、それが決定的となったのが、翌83年の映画『嵐を呼ぶ男』のリメイクというわけである。

近藤が演じた藤丸翔という主人公はいかにも漫画っぽいが、映画全体に漂う往年の青春映画の雰囲気はやはり舛田監督の演出によるものだったろうか。その中で、ヒロインに抜擢された新人・武田久美子の存在感は異質だった。

独特のセリフ回しに加え、かつての映画女優とはまた違う、いかにもアイドル然としたルックスは完全に(当時の)今風女子。暴走族に輪姦されてしまうというショッキングなシーンも淡々と演じる姿に不思議な大物感も漂っていた。

などという理屈はさておき、その生意気な可愛さにすっかりファンになってしまった自分は映画館へ何度も足を運ぶ事態となった。そもそもたのきん映画を観にいっていた男性自体珍しいのだが、この時は武田のファンらしき男子中高生も客席に少なからず見受けられたものだ。

翌83年1月に「噂になってもいい」で歌手デビューも果たし、アイドル活動の後に急な方向転換してのセクシー路線にはファンとしても少々戸惑わされた。しかしアイドル時代の著書『マイウェイ少女』や『おとな気分 ドキドキハートはあまのじゃく』に書かれたストレートな生き方への憧れには既にその片鱗が見受けられていた様に思う。

武田久美子というとどうしても写真集の貝殻ビキニばかりが話題に上ってしまうが、歌手や女優としての活躍について、もう少し見直されてもいいのでは? キュートな魅力が炸裂していたドラマ『さよなら三角』をまた観たい。

それにしても今なお美しい彼女、ずっときれいでいるにはちゃんと理由があるのだろう。

2018.07.12
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カタリベ
1965年生まれ
鈴木啓之
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