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突如解散した伝説のバンド “UGUISS”【佐橋佳幸、柴田俊文、松本淳】濃厚鼎談 ③

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『突如解散した伝説のバンド “UGUISS”【佐橋佳幸、柴田俊文、松本淳】濃厚鼎談 ②』からのつづき

佐橋佳幸の仕事 1983-2023 vol.7(UGUISSメンバー鼎談 ③)

レコーディングも自分たちだけでしたい


3回にわたってお届けしてきた、40年目の【UGUISS物語】最終回。ついに運命のボーカリスト・山根栄子と出会い、ほどなくEPIC・ソニーと契約したUGUISSの面々。いよいよ新しい旅が始まった。けれども、道はまだまだ険しくて…。デビューから解散までの日々を、今、佐橋佳幸、柴田俊文、松本淳が振り返る。

佐橋佳幸(以下、佐橋):ようやくデビューが決まって、レコーディングが始まるんだけど。なかなかね、俺らもナマイキがまだ続行中でさ(笑)。大きなレコード会社と契約したからには、いろんな大人がいろんなこと言ってくる。でも、結成からここまで自分たちだけで全部やってきたんだし、レコーディングも自分たちだけでしたいと思って。だったら合宿レコーディングだ、と。で、三重県の鈴鹿にあったチェスナット・スタジオというところがよさそうだってことになったんだけど。あれって誰が見つけてきたんだっけ?

松本淳(以下、松本):あれは僕が雑誌の『Player』かなんかの記事で見つけたんだよ。ラウドネスのデビューアルバムを録ったというので、「へー、こんなところがあるんだー」って。

佐橋:練習スタジオと録音スタジオがある、けっこう大きなところだった。僕らが行った時には、練習スタジオでナニワエキスプレスがやってた。ごはんの時間になると食堂で一緒になったりしてさ。

柴田俊文(以下、柴田):同じソニーだったしね。仲良くなって、リハーサルを見せてもらったりした。

1983年9月21日、UGUISSメジャーデビュー





―― そして1983年9月21日、ついにUGUISSはシングル「Sweet Revenge」とアルバム『UGUISS』でメジャーデビューを果たします。

佐橋:今から40年前って、世の中どんなだったっけ。チェッカーズは同じ日のデビューだからよく覚えてるけど。佐野(元春)さんはもう『SOMEDAY』を出して、その後ニューヨークに行っていた頃だね。

柴田:僕らのEPICでの同期バンドはストリート・スライダーズ。

松本:同じ年のちょっと前に千ちゃん(大江千里)もデビューしたよね。

佐橋:目黒マッドスタジオで練習してた時、イマサ(いまみちともたか)くんが練習を見に来たことあったね。その時に、今度、イマサのバンドもEPICからデビューすることが決まったんだと聞いた。それが84年にデビューしたBARBEE BOYSだった。イマサくんは、もともとはあっちゃんと一緒にやっていたから知り合ったんだよね。

84年といえば、翌年、佐野さんがニューヨークから帰ってきて、『VISITORS』のお披露目イベントを観に行ったんだけど。中学の時に見た佐野さんは弾き語りで、まるでトム・ウェイツみたいなことをやっていたのに、この時はヒップホップを日本に持って帰ってきていて。すごい勢いで時代が変わってゆくのを実感したなー。もうストレートなロックンロールなんか必要とされていないのかなって。

柴田:完全に乗り遅れてる感覚はあった。自分たちのやってる音楽と世の中で鳴っている音楽とが全然かけ離れているような感覚。バンドではなく、“ユニット” と呼ばれる形態が増えてきた時期だったでしょ。

佐橋:僕らの翌年にTM NETWORKがデビューだからね。世の中はMTV時代になっていて。いわゆるライヴ映像に対する価値観、感覚もガラリと変わってゆくのも実感していたし。

松本:たしかにそういう時代。でもね、だからこそ僕はEPIC・ソニーに決まったのがすっごくうれしかったの。ほら、83年頃って世の中がどんどんおしゃれで “キレイ” になっていたでしょ。

佐橋:バブル直前ね。なんか世の中がバブってきて、オシャレ感みたいなのがちょっと違ってきていて。

松本:そういう中でUGUISSはこれからロックをやっていこうとしていて。

佐橋:なのに俺なんかもう、なるべくおしゃれなギターソロ弾きたくない、みたいな(笑)。かたくなに渋いほう、渋いほうにね。

松本:でも、日本のロックってあんまり “キレイ” なイメージではなかったでしょ。ファッションにしても何にしても “汚い” イメージ。音楽的にもダサイとか古いとか、そういうことも言われてて。だから、たとえば洋服での表現とかも含めて自分たちをどうプロデュースしていったらいいのかすごく悩みながらやっていた。そんな時にEPICみたいな新しい、ちょっと革命的な考え方を持ったレコード会社に出会えたことがすごくうれしかったんです。

曲はすごいポップ。ただ、それをどういう色で表現するかってこと





―― でも、デビュー曲の「Sweet Revenge」とかを今聴き直してみると、もうちょっと後の感じというか、少なくとも80年代半ば以降の音に聴こえます。むしろちょっと早い感じ。

柴田:そうなんですよ。だから、自分たちが吸収しているものは確かに間違ってはいなかったと思うんですけど。

佐橋:要するに欧米での流行と、それが日本で取り入れられるようになるまでの時差が、一般的にはまだあった時代。でも俺たちはもともと洋楽ばっかり聴いてきたから、その時差がなかったの。反映するのが常に早めだったんだよね。だから当時、たとえばU2とか、「ああ、こういう音楽が世に出てきてよかったなー」と思ったり。

柴田:U2はけっこうデカかったね。こういう音楽やってる連中がよく出てきて、ちゃんと売れて… みたいな意味合いも含めて。

佐橋:あと、アメリカだとヒューイ・ルイス&ザ・ニュースとか。でもさ、考えてみたらそういう人たちも、実はきっちりMTVの時代に乗っかってたんだけどね。まぁ、UGUISSの場合、曲はすごいポップ。ただ、それをどういう色で表現するかってことに関してはもう…。UGUISSがああなったのは、ひとえにこの3人のオタク気質ゆえです。

松本:でも、佐橋はギタリストなのに、2人いるキーボードをどう使うみたいなことをすごく意識していたよね。それ、よく覚えてる。

佐橋:それも洋楽の最先端のところを見ていたからなんだよね。このメロディーで、サビにコーラスが入ったりするとポップに聴こえるかな、とか。そんなことばかりずっと考えて、みんなでやってたよね。

髪を切って、服装を変えろと言われた


松本:やっとリンダ・ロンシュタットとかジャクソン・ブラウンのアルバムにシンセの音がちらちら出てきた時代ですよ。早かったといえば早かった。だから僕ら、音楽的には絶対的な自信を持ってたんです。でも、徐々にビジュアルのこととか、さんざん言われるようになってきて。ちなみにファーストアルバムでメンバーが着ている服は全部僕が揃えたんです。今でいう裏原宿のあたりを駆けずり回ってアメリカ古着とか調達して。今見てもみんないい服着てるなって思うんですよ。でも当時は「それじゃない」と。

佐橋:髪、切ったもんねー。「全員、ここの美容院に行ってこーい」って言われて。衣装もやっぱりスタイリストさんをつけたほうがいいということになり。で、髪を切って、世の中に媚びたカッコを…。

松本:襟つきのシャツを着るようになり(笑)。

柴田:佐橋なんかカーディガン着せられてたよね(笑)。要するに、完全に迎合しろと言われたんです。

松本:まぁ、栄子がキレイなカッコしたほうがいいっていうのはわかるけど。

佐橋:服を変えて、いちばんいい感じになったのは栄子だったよね。それはよかった。でもホント、デビューしてからいろいろ言われた通りにして撮った写真を見ると、これがファーストアルバムと同じバンドなのかって思うほどで(笑)。

柴田:しかも服装だけでなく、音楽性もちょっと変えろという指令が出て…。

セカンドシングル「夢を抱きしめて(Cause Of Life)」もやっぱり売れず…





佐橋:1枚目のアルバムの売り上げが芳しくなかったこともあってね。84年4月にセカンドシングル「夢を抱きしめて(Cause Of Life)」を出した時、EPICがけっこうがんばって宣伝してくれて、音楽番組にも出るようになったんだけど、やっぱり売れず。で、さすがに次のアルバムは売れないとまずくね? って話になって…。

柴田:迎合、ではないけど。ちょっと歩み寄れ、と。

佐橋:オトナたちにしてみたら、僕らはすっごく音楽に詳しいし、何でもできる人たちだっていうふうに思っていたみたいで。まぁ、実際、たぶん同世代でいちばん演奏がうまいバンドだったと思うけど。だったらもうちょっと売れるものをやれって。

松本:すごい敗北感、あったね。

佐橋:あった。

柴田:あったあった。

松本:音楽だけじゃなく、僕は洋服のセンスまで否定されちゃったし。

佐橋:カーディガンを着せられて、俺もちょっと士気が下がった。着たくなかったもん。そんなふうに、みんなストレスが溜まってゆくんだけど。誰よりも、もともと病弱だった栄子のところにストレスが集中してしまう。

柴田:そういう状況の中で2枚目を録り始めるわけです。

佐橋:結局世に出なかったセカンドアルバムね。

解散はきつかった。人生すべてを賭けていたから





―― 流れとしては、まずセカンドシングルを出した翌月から全国12都市14公演の『UGUISS JAPAN TOUR』に入って。

松本:そのツアーのポスターでも佐橋がカーディガンを着ています(笑)。

柴田:そのときのMCで「これからニューアルバムを録ります」って言ってるんだけど。セカンドのレコーディング期間は長くて。途中までやって1回止まってるんです。その間にみんなそれぞれ、いろいろ考えようということになって。

松本:栄子が体調を崩したのが大きかったね。

柴田:そうだね。いろんな人にいろんなこと言われる中で歌詞を書いて、バンドの真ん中で歌って、MCもしなくちゃいけない。あんな華奢な体でですよ。よくやったと思う。でも、やっぱりこれじゃ無理かなって。他にもいろいろあって、レコーディングをいったん中断して。再開はしたんだけど、やっぱしどうなんだろう… と。これはみんなでちゃんと話そう、ということになって集まった。84年の年末だよね。

松本:そうだね。年末だった。そこで解散することになった。

佐橋:自分たちで解散を決めた。そうしたら、頑張って完成させたセカンドアルバムも、「そこに存在しないバンドなのだからレコード出してもしょうがないね」というEPICの丸山さんの判断でお蔵入り。まぁ、当然そうなるよね。その後、僕と柴田と淳は、いわゆる今と同じようなサポートの仕事をしたり、いろんな人と仕事をする道を選んで、今に至るまでそれを続けているわけだけれど。それができているのは、UGUISSをやっていた時代から、きっと “キャラクター” があったからだと思う。演奏家としてのキャラクター。スタジオ・セッションマンとかバックバンド、サポートっていう仕事って、本来、何でも器用にできて、誰にでも合わせられる人じゃないとダメだと言われてきたはずなんだけど。意外と俺たち、そういうんじゃなかったのかもしれない。

柴田:でも、今振り返ってもバンドの解散はきつかったなー。精神的にだいぶ落ちましたよ、本当に。

松本:人生すべてを賭けていたから。

佐橋:特にこの3人の場合、16、17歳で知り合って、一緒に音楽活動を始めてから5年くらいでデビューして、翌年には解散しちゃって…。

柴田:その間、ほとんど毎日一緒にいたからね。誰かの家に行ってはレコード聴いて、わーわーしゃべって。近所からうるさいって言われながら(笑)。とにかくレコードを聴いていたか、練習していたか。ずっとそうだったね。

佐橋:だからさ、解散して、よくあの喪失感から立ち直ったと思うよ。ね?

松本:本当にそう。

佐橋:今日はふたりの話を聞いていろいろ思い出したよ。今まであまり語っていないことも多かったんじゃない? とにかく、柴ちゃんと淳に聞かないと忘れちゃってることが多いんだ。ありがとう!



デビューからわずか2年足らずで解散したUGUISSは “伝説のバンド” とも “幻のバンド” とも言われてきたけれど。こうして彼ら3人が語ってくれた物語を読んだ後に、もういちどあらためてUGUISSを聴いてみてほしい。その存在はけっして伝説でも幻でもないことがわかるはず。若くて無鉄砲で、スゴ腕で、あきれるほど音楽好きの若者たちが全力で作り上げたエバーグリーンな名曲たち。そこには、今も昔も変わることのない “音楽の魔法” がある。

次回からは再び【佐橋の音楽物語】に戻って、佐橋佳幸が出会ってきたミュージシャンや曲たちと共に40年の歩みを振り返ってゆく予定です。お楽しみに。

『【佐橋佳幸の仕事 1983-2023 vol.5(UGUISSメンバー鼎談 ①)】』にもどる

現在、佐橋佳幸のnoteにて、UGUISSのメンバーによる、現在、佐橋佳幸のnoteにて、UGUISSのメンバーによる、“What’s UGUISS?(UGUISSって、なんだ?)”が連載中。要チェック!

写真&資料提供:佐橋佳幸 / 松本淳

※2023年10月28日に掲載された記事をアップデート

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2024.05.25
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カタリベ
1964年生まれ
能地祐子
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