7月1日

カンニバル・コープスとデスメタル、もっと速く!もっと過激に!

28
0
 
 この日何の日? 
カンニバル・コープスのセカンドアルバム「斬鬼~ブッチャード・アット・バース」が米国でリリースされた日
この時あなたは
0歳
無料登録/ログインすると、この時あなたが何歳だったかを表示させる機能がお使いいただけます
▶ アーティスト一覧

 
 1991年のコラム 
腕が折れるまで叩け!ヒートウェイヴ山口洋の一喝で目が覚めた

西浦達雄の「瞬間(とき)」高校野球の魅力が詰まった夏の原風景

90年代に特化した「筒美京平ソングベスト10」輝かしきヒットメーカーの美学!

X は YOSHIKI のワンマンバンドにあらず?メンバー個性爆発の名盤「Jealousy」

渡瀬マキのパワー!リンドバーグを聴いて “中年よ大志をもう一度抱け” 的ランキング

フリッパーズギターが紡いだ元オリーブ少女とゆとり君の夏休み

もっとみる≫




スラッシュメタルが凶暴化、カンニバル・コープスのデビュー


デスメタルの登場は必然だった。それまでスラッシュメタルはスピード感を重視するスタイルだった。そこからグルーヴを重視するようになり、スラッシュメタルは失速していった。それでも、世の中には速いメタルを好むファンが多かった。そんななかで、1987年あたりからメタルシーンの一部が過激化の途を進み、“もっと速く!もっと過激に!” という感じでデスメタルは産まれた。

初期のデスメタルでは、フロリダを中心にしたバンドが脚光を浴びる。だが、今回私が紹介するカンニバル・コープスはニューヨーク州バッファロー出身だ。

カンニバル・コープスは、1990年にファーストアルバム『屍鬼~イーテン・バック・トゥ・ライフ』をリリース。凶暴なスラッシュメタル色が強く、とにかくジャケットがグロかった。音もあまり良くない。インターネットがない時代、情報はレコード屋の解説のみ。まともな(?)昔ながらのメタルファンは、文字通り見て見ぬフリ。メタル専門誌も最初は無視していたし、レコ評を書いたとしても酷評、もしくはギャグ扱い…。

デスメタル初期の名盤「ブッチャード・アット・バース」


しかし、1992年にリリースされたセカンドアルバム『斬鬼~ブッチャード・アット・バース』では、ジャケットも、歌詞も、音もボーカルのうなり声(デスボイス)も… 全てがパワーアップしていることが聴いてわかるのだ。

ノイズ音から始まるこのアルバムは、強力なオーラを放っていた。しかし、先にも述べたような扱いを受けていた当時、日本の国内盤なんか出るはずもなかった。それでも輸入盤屋では売れに売れたのだ。

この時期あたりからメタル専門店ではデスメタルのコーナー(売場)が出始める。今でこそレコードショップでは普通にあるデスメタルのコーナーだが、当時は棚が作られただけでエクストリームメタルファンが売場に押し寄せた。こうして時代や世代が移り変わるにつれ、デスメタルは広く認知されるようになり、また細分化が進んでいった。

今では海外のデスメタルバンドは普通に来日をするし、国内盤がリリースされることも普通のことだ。しかし当時、デスメタルバンドの来日なんか夢のまた夢。ネット環境もなければ情報もない。しかし、だからこそ面白いムーブメントになったのかもしれない。極悪な音や地底人のようなうめき声、そして音の速さや過激な歌詞は本能的な想像力をかきたてるジャンルだったのである。

彼らカンニバル・コープスがデスメタルシーンに及ぼした影響力は大きく、その礎でもあるセカンドアルバム『斬鬼~ブッチャード・アット・バース』をぜひ聴いてみてほしい。デスメタル初期の名盤である!!

2020.07.29
28
  Apple Music
 

Information
あなた
Re:mindボタンをクリックするとあなたのボイス(コメント)がサイト内でシェアされマイ年表に保存されます。
カタリベ
鳥居淳吉
コラムリスト≫
1100
1
9
8
4
マイケル・シェンカーの泣き叫ぶギターとヘビメタまわりのおかしな邦題
カタリベ / 田中 泰延
32
1
9
8
2
スコーピオンズを永遠にした立役者、マティアス・ヤプスの功績
カタリベ / 中塚 一晶
61
1
9
8
3
これぞアイアン・メイデンの完成形、アルバム「頭脳改革」を聴いてみて!
カタリベ / 藤澤 一雅
34
1
9
8
1
アイアン・メイデン不動のリーダー、スティーヴ・ハリスの先見の明
カタリベ / 中塚 一晶
20
1
9
8
4
HSAS、サミー・ヘイガーとニール・ショーンによる幻のプロジェクト!
カタリベ / 中塚 一晶
60
1
9
8
3
聴き比べ、クワイエット・ライオットの大ヒットはスレイドのカバー曲
カタリベ / 藤澤 一雅