エンタメ業界を直撃した新型コロナウイルス
この原稿を書いている時点で、緊急事態宣言が発令されるなど、新型コロナウイルス感染の猛威が日本でも拡がっている。こうした有事に大きな影響を受けるひとつがエンタメ関連だ。
私は東日本大震災の時に音楽業界に身を置いていたので、CDのリリースを延期せざるを得なくなったり、自粛ムードの中でアーティストのライヴをどうするか四苦八苦したりと、大変な状況を肌身で経験している。しかし、見えないウイルスとの戦いである今回は、いつ収束するかわからず、その混乱の度合いは計り知れないだろう。
とりわけ甚大な洋楽関連への影響、実感する感染のリアリティ
ライヴハウス、プロモーター等を始め、多数の関係者が大きな影響を受けているが、世界的な感染拡大の観点からいって、とりわけ影響を受けているのが洋楽関係者であることは想像に難くない。
私がかつて担当した海外アーティストの中にも新型コロナウイルスに感染したアーティストが複数おり、そうしたニュースを知ると心が痛み、より感染のリアリティを感じずにはいられない。我々が直面する状況が1日でも早く収束して欲しいと切に願うばかりだ。
そんな時、勇気を与えるアーティストからの発信
世界の HM/HR シーンにも大きな影響が及んでいるが、数多くのアーティストが動画サイト等を通じて様々な発信をおこなっている。“ステイホーム” を呼びかけるメッセージの拡散や、ライヴができない代わりに貴重なセッションを披露する等、ファンにチカラを与える動画をアップする動きが拡がることは喜ばしい限りだ。
音楽が困難を乗り越える一助となり、不安な心に未来への希望を与えていく。そんな動きを見ている中で、ふと脳裏によぎったのが、80年代の HM/HR アーティスト達によるチャリティプロジェクト、ヒア・アンド・エイドだった。
説明不要の一大チャリティプロジェクト、USAフォー・アフリカの “メタルヴァージョン” が、まさか実現するとは思わず、当時そのニュースを知った時に、とても驚かされたものだ。
80年代の「ヒア・アンド・エイド」旗振り役はロニー・ジェイムス・ディオ
振り返ると、80年代において HM/HR がメインストリームに躍り出たのを最も端的に象徴する出来事のひとつが、ヒア・アンド・エイドだったといえるだろう。実際のところ、USAフォー・アフリカのオーガナイザーらがヒア・アンド・エイドにも関与しており、HM/HR の有名アーティストが与える影響力への期待が大きかったことがわかる。
プロジェクトはディオのヴィヴィアン・キャンベルとジミー・ベインが発起し、ロニー・ジェイムス・ディオが企画をまとめ上げたというが、これだけの有名HM/HRアーティスト達が奇跡的に結集したのは、シーンにおいて人望に溢れ、敬意を払われたロニーが旗振り役だったことも大きいだろう。
そして、アフリカの飢餓救済というチャリティの主旨に加えて、当時PMRCからいわれなき迫害を受けていた “ヘビメタ” 連中の汚名返上に絶好の機会だったことも、多くのアーティストの賛同を後押ししたことは間違いない。
奇跡の楽曲「スターズ」は、「ウィ・アー・ザ・ワールド」にも劣らない!
今思えば、これだけの錚々たる HM/HR アーティスト達が、エゴを出さずにひとつの楽曲を仕上げたことは奇跡に近い。それだけに完成した「スターズ」は、「ウィ・アー・ザ・ワールド」にも劣らない価値を持つチャリティ楽曲になったと言えるだろう。
ヴィヴィアンとジミーが共作した7分近くに及ぶ長尺の「スターズ」は、アルペジオの短いイントロダクションに導かれ、ミッドテンポのパワーコードで楽曲が構成されている。メジャーキー主体で希望を感じさせる「ウィ・アー・ザ・ワールド」と比べ、「スターズ」はマイナーキー主体で、いかにもメタル的な力強さ、ドラマティックさを前面に押し出した曲調が特徴だ。
総勢約40名の参加アーティストを列挙すると、それだけで文字数オーバーなので省くが、ハイライトは次々と登場するヴォーカリストとギタリストによる夢の競演だろう。誰がどのパートを担当しているのか、当時 PV を観てそのタネ明かしに興奮したものだ。
2度と見られない!HM/HRシーンの豪華アーティスト競演
ロニーがコンソールルームでディレクションする、貴重なレコーディング時のドキュメンタリー映像が実に興味深い。そこでは、実際とは別テイクの歌唱やギターソロの一部を垣間見られる等、全てが見所となっている。
ヴォーカルパートでは、ロブ・ハルフォードが渾身のシャウトを披露するも、そのテイクが結局使われなかったことに驚かされるし、ドン・ドッケンがちょっと弱々しい歌唱をロニーに指摘されて、ジョークで切り返すシーンも微笑ましい。全盛期のジェフ・テイトの超絶な歌唱が圧巻で、ロニーが絶賛する様子も見ることができる。
ギターパートでは、各ギタリストがコンソールルームで、ロニーに公開オーディションを受けるように、火花を散らして弾きまくる。とりわけイングヴェイ・マルムスティーン、ジョージ・リンチ、ブラッド・ギルズ辺りのプレイが個性で圧倒しており凄まじい。触発されたようにメタルモードになったニール・ショーンの姿もレアな光景だ。苦労して編集したであろう約3分間にも渡る長さのギターソロは、メタル史上に残る濃密さだ。
そして、「ウィ・アー・ザ・ワールド」と同じ LA のA&Mスタジオで収録されたコーラスシーンも必見だ。”ビッグマウス” として当時シーンで話題を巻き起こしたケヴィン・ダブロウが、センターで誰よりも目立って仕切っているのは笑えるし、メンツが濃すぎてヴィンス・ニールあたりが意外にも存在感が薄いのも面白い。それでも長髪の男達が一堂に並んで、懸命にサビの「We are stars!」を歌い上げる姿は感動的で、圧巻の一言だ。
当時このチャリティプロジェクトに否定的な見方があったのも事実だ。けれども、そこにいる誰もが気持ちを高揚させ、音楽のチカラを信じて真剣に素晴らしい作品創りに取り組んでいるさまを見ていると、素直に心が動かされる。
結果として、プロジェクトの売り上げは100万ドルにも達しただけでなく、HM/HR への言われなき偏見を、少しでも払拭することに繋がったのは間違いないであろう。
音楽のチカラを信じて… 2020年版のヒア・アンド・エイドを!
ヒア・アンド・エイドがレコーディングされたのは85年の5月20日、21日。あれからちょうど35年の歳月が流れ、世界は新たな危機に直面している。
幸い今はオンラインを使って距離や時間に左右されずに、あらゆるアーティスト、そしてファンがつながることができる時代だ。すでに様々なアーティストが発信し、横にも繋がり始めている。それをより大きな動きで影響力のあるアーティスト達が結集することも可能だろう。
チャリティといった大上段でなくてもいい。新型コロナウイルスで疲弊した世界で音楽を奏でにくくなった今、アーティストが結集することで、音楽のある日常の大切さを発信し続けて欲しい。ヒア・アンド・エイドで80年代に感動を与えた HM/HR には、そのチカラがあると信じている。
2020.04.18