清志郎は生涯自らをバンドマンと名乗っていた。そして、そのイメージを決定づけたのが、80年の6月5日に発売されたライブアルバム『RHAPSODY』だろう。
僕は13歳でこのアルバムに出会い、初めてロックンロールバンドが何であるかを体感した。僕と同世代のロックフリークがみんなそうであるように…
仮にそれを「寂しさや切なさと背中合わせの喧騒」とでも言っておこうか。ステージに立つバンドマンは、孤独を抱え、それと向き合いながら、ワン・ナイトの熱狂を駆け抜ける。そして、同時に自分自身を俯瞰して眺める立ち位置を併せ持つ。メイクを施した派手なステージアクションとは裏腹のそんな心象風景が、僕をロックンロールの深い森へと誘ってくれた。
スーツ・ケースひとつで
ぼくの部屋に ころがりこんで来ても
いいんだぜ Baby
ギター・ケースひとつの
ぼくのとこで 明日から始めるのさ
たった二人の勇気があれば
ダイジョブ ダイジョブ
きっと うまくやれるさ
バンドマン 歌ってよ
バンドマン 今夜もまた
ふたりのための ラプソディー
愛と勇気、そして音楽があれば、あとは何もいらない。学歴や名声、お金さえもそんな大した問題じゃない。日本のロック史上に燦然と輝くライヴアルバムの名盤には、真空パックされた熱量と共に親も学校の先生も誰も教えてくれなかった真理が潜んでいた。
「孤独」と「熱狂」―― 僕にとって、この相反するふたつのイメージを結びつけてくれるのがバンドマンの存在だ。そして、その想いを確固たるものにしてくれたのが、『RHAPSODY』から1年半後にリリースされた『BLUE』だった。
Oh 神様 あの娘とブッとんでいたい
Oh 神様 でも目を覚ませばステージの上
役立たずの神様 ハードロックが大好き
盤に針を落とすと「ロックン・ロール・ショー」からスタート。ライブバンド・RCサクセションの艶めきが凝縮され、スポットライトに紫煙ゆらめくステージが蘇る。清志郎がシャウトすれば、一夜の狂騒が瞼の裏に浮かぶ。
そして、2曲目の「Johnny Blue」もまた、バンドマンの刹那的な一夜を見事に再現している。チャボが在籍していたフォークデュオ・古井戸のブルージーな楽曲「飲んだくれジョニィ」をアップテンポなダンスナンバーにアレンジしている。
そして極めつけは「チャンスは今夜」。チャボがボーカルをとり、RC で唯一のチャック・ベリースタイルのロカビリーナンバーだ。ここには十代の僕が恋焦がれたバンドマンへの憧憬のすべてがあった。
でも、それだけじゃない。続く「よそ者」では孤独と寄り添い、自分の存在証明を模索する心情を吐露している。
俺たち よそ者 何処に行ったって
だからさ そんなに
親切にしてくれなくてもいいのに
いつの日 どこかに 落ち着くことができる
そんな夢を見ながら今夜
ここで 踊るだけでいいのに
RCサクセションのナンバーからは、多くの人々が音楽に求める、癒しや連帯感といったものが、ひとつも見当たらない。そこにあるのは、孤独と向き合い、その向こう側にある一筋の光を信じる力だ。僕は『RHAPSODY』以上に『BLUE』にそれを強く感じた。
その力に根拠はなくとも、それを信じるのがバンドマンの宿命であり、僕らファンの証しだと思う。
2018.12.04
YouTube / UNIVERSAL MUSIC JAPAN
iTunes / BLUE RCサクセション
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