松本隆が初めてシングルを作詞、松田聖子「白いパラソル」
大滝詠一『A LONG VACATION』のジャケットに描かれていた白いパラソル。これが松田聖子の歌ったパラソルだったとは、40年気が付かなかった。
It was 40 years ago today
1981年7月21日、松田聖子の6枚めのシングル「白いパラソル」がリリースされた。
「チェリーブラッサム」「夏の扉」に続くこの年3枚めのシングル。作曲と編曲はこの2曲と同じ財津和夫と大村雅朗。そして作詞は松本隆。5月にリリースされたアルバム『Silhouette~シルエット~』の「白い貝のブローチ」で初めて松田聖子の作詞を手がけたが、シングルはこれが初登板であった。
ここが白眉!歌詞が全く異なる2つめのサビ
三浦徳子作詞の前シングル「夏の扉」では、1番でこそ恋人同士が若干心のすれ違いを見せるが、2番で彼が大胆に告白し、一気にハッピーエンドになだれ込んでいく。アップビートに相応しい、4月リリースながら盛夏の様にキラキラしたポップスであった。
しかし「白いパラソル」は、7月リリースにもかかわらず、いや、むしろ7月後半だったからなのだろうか、絶えず憂いをたたえていた。
お願いよ正直な
気持ちだけ聞かせて
髪にジャスミンの花
夏のシャワー浴びて
青空はエメラルド
あなたから誘って
素知らぬ顔はないわ
あやふやな人ね
渚に白いパラソル
心は砂時計よ
あなたを知りたい
愛の予感
デートに誘っておきながら彼は決して本心を見せない。“ジャスミン” “エメラルド” といった爽やかな言葉と対照的に彼女の心は晴れてはいない。
2番はAメロが半分になる。
風を切るディンギーで
さらってもいいのよ
少し影ある瞳
とても素敵だわ
ここでサビ(Bメロ)前半分のメロディの間奏が入る。そしてサビになるが、1番のサビとは言葉も文型も全く異なる。
涙を糸でつなげば
真珠の首飾り
冷たいあなたに
送りたいの
男性に真珠? と一瞬違和感を抱くが、この真珠は冷たさの象徴なのだろう。ここまで抑えられていた彼女の切なる想いが一気に溢れ、松田聖子もこれに応え一層声を張る。“白いパラソル” というタイトルすら出て来ないが、このサビこそ、この曲の一番の聴きどころではないだろうか。
もう一度サビが繰り返され曲は終わるのだが、歌詞は1番のサビに戻り、「心は砂時計よ」の箇所だけ変化する。
答えは風の中ね
風だからというわけではないが、彼女が少し吹っ切れた印象を受ける。語尾が “よ” から “ね” に変わっているのもその表れではないだろうか。と同時に、ボブ・ディランの香りもするのが何とも微笑ましい。
松本隆の歌詞を引き立たせる間奏の位置と大村雅朗のアレンジ
実は「白いパラソル」には未発表ではあるが別ヴァージョンが存在する。テンポこそミドルで変わらないものの、ストリングスと女声コーラスがフィーチャーされ、ベースラインも豊かな華やいだアレンジだ。ストリングスのアレンジからして、こちらも大村雅朗によるものだろう。
前のシングルまでの流れを汲んだアレンジではあったが、少しビターな歌詞、並びにミドルテンポには、やはりリリースされたシンプルで音の空間を生かした、パーカッシヴなアレンジの方が相応しいというのが衆目の一致するところであろう。何よりも新たな松田聖子像を生むことに成功していた。
更に別ヴァージョンでは、間奏は普通に1番と2番の間に、イントロを繰り返したものが入っていた。2番のサビにはAメロから直に繋がり、これでは松本隆が1番と違えた歌詞が映えない。リリースされたヴァージョンでは直前に間奏を入れて少し沈黙したことで、サビでの主人公の溢れる想いが謂わば爆発的に我々に伝わってきたのだ。
この間奏の位置のアイディアは大村なのか、それとも財津なのか松本なのか、はたまた若松宗雄プロデューサーなのかは分からないが、実に巧みであったと言わざるを得ない。直後のサビをより引き立たせるべく、大村の間奏のアレンジも、“間奏の名手” らしからず至ってシンプルに徹しているのが正にプロである。
財津和夫が胸を張ったメロディ。詞、曲、アレンジの三位一体で達した高み
とはいえ「白いパラソル」は、それまでのシングルに比べると地味と言えば地味であった。不安を抱いた若松Pに「冒頭の♪お願いよ~のメロディがしっかりしているから、絶対大丈夫だよ」と言ったのが作曲した財津和夫であった。確かにこのメロディは引きが強く耳に残る。「白いパラソル」は、正に詞、曲、アレンジの三位一体でここまでの高みに達したのである。
シングルのジャケットには、少し冒険した曲の押さえの意味もあったのかもしれない。松田聖子シングル初の全身写真は、少し大人っぽくなった彼女を表現しつつ、ジャケ買いにも十分な魅力を有していた。
「白いパラソル」はオリコンで3週連続1位を記録し、TBS『ザ・ベストテン』でも史上初めて初登場1位でランクインした。
松本隆と松田聖子のコンビネーションは快調なスタートを切った。しかし財津和夫と大村雅朗はこの曲を最後に、暫く松田聖子のシングルから離れることになる。「白いパラソル」は大きな転換点にもなったのだ。
大滝詠一「君は天然色」と共通するあの単語
(『ロンバケ』のジャケットを指差して)この「白いパラソル」は松田聖子に行っちゃう(笑)。僕の詞は全て有機的に連鎖していくの
―― 雑誌『Pen』2021年4月1日号「大瀧詠一に恋をして」での松本隆の言葉である。
『A LONG VACATION』は、大滝詠一が文を手がけた、永井博の1979年のイラストブック『A LONG VACATION artbook』からインスピレーションを得て作られた。大滝はこの本を松本にも見せ「こんなテイストにしたい」と提案している。
ここから派生したのが「白いパラソル」だったとは。
渚を滑るディンギーで
手を振る君の小指から
『A LONG VACATION』オープニングの「君は天然色」に登場するディンギーは、「白いパラソル」の2番冒頭にも登場する。しかもその単語の前にはかなり似た表現が置かれていた。
風を切るディンギーで
さらってもいいのよ
「君は天然色」の歌詞には登場しない、松本隆を象徴する言葉 “風” が登場する。しかも財津和夫が胸を張ったメロディに乗って。
特集 松本隆 × 松田聖子
2021.07.21