三代目のジェームズ・ボンドを演じたロジャー・ムーア
007は、ビートルズと並ぶ、英国最大の輸出品である。
ただし、ビートルズは体制への反発から出てきたものなのに対し、007は体制の産物そのものである。
原作者のイアン・フレミングは英国の諜報部員だったこと、ボンドの所属するMI6が現実の組織であることから、「虚」「実」ないまぜが007シリーズの魅力。【殺しのライセンス】を所有するこの男が、ロンドン五輪の開会式に、女王陛下とパラシュートでダイビングしたのは記憶に新しい。
そんな「王室公認キャラクター」の三代目を演じたロジャー・ムーアの死亡を最初に報道したのも、女王陛下の放送局=BBCだった。2017年5月23日のことである。BBCが伝えると、それはまるで本物のジェームズ・ボンドが亡くなったみたいだった(いや、ある意味本物なのだが)。
伊達男が「007シリーズ」にもたらした功績
初代ボンド役のショーン・コネリーより3歳も年上のロジャー・ムーアが、007映画に主演したのは、1973年のシリーズ第8作『死ぬのは奴らだ』からである。
実は、原作者のイアン・フレミングが62年の最初の映画化の際に推していたのが、ロジャー・ムーアだったという。満を持しての登場だったわけだ。第1作からすでに11年、マンネリ気味で興行成績も停滞気味だったところへ、この伊達男がもたらした功績は測り知れない。
まずは、ジェームズ・ボンドのキャラクター像から、初代ショーン・コネリーのアクの強い色を消し去ったことだ。武骨なコネリーからスマートな英国紳士のムーアへ、イメチェンさせた。二代目のジョージ・レイゼンビーが、初代コネリーの強烈な個性のイメージから脱却できず、たった一作で降板し、俳優稼業もやめてしまったのは有名な話だ。
ロジャー・ムーアが新しいボンド像をつくり出したおかげで、後に続くボンド俳優が、自分の個性を出しやすくなった。いろいろな俳優がボンドを受け継ぎ、シリーズが長く続いているのも、ロジャー・ムーアのおかげといえよう。
二枚目役者の本領発揮、荒唐無稽な物語でも “007” の世界観が成立
また、007に「笑い」の要素を大胆に導入できたのも、ロジャー・ムーアの存在があってこそ。
007シリーズは新境地を開拓するため、途中から物語の設定が荒唐無稽になっていく。シリーズ初期はハードボイルドなスパイ劇だったのが、『ムーンレイカー』(1979)では超兵器を駆使したSF特撮だし、『オクトパシー』(1983)ではドリフの『8時だョ!全員集合』のコントみたいなドタバタのアクションが続く。日本語吹き替え版をみている時など、ボンドの声の広川太一郎が「…っちゃったりなんかして」とオドけて言い出しやしないか、と期待したぐらいだ。
そんな娯楽性を優先するあまり、壮大なギャグか?と思われるような内容になっても、「優雅な身のこなし」「どんなピンチに陥ってもウィットに富んだセリフ」のロジャー・ムーアの演技が加わると、ちゃんと007の世界観が成立するのだ。これぞ、二枚目役者の本領である。
ちなみに「運動神経はゼロ。本当はアクションシーンは苦手だった」とご本人があっさり告白しているのはご愛嬌。スタントマンたちへの敬意、スタッフとのチームワークを大切にし、彼らから愛されていたからこそ、アクションシーンだらけの007に、シリーズ最多の7本もムーアは出演できたのである。裏方さんや共演者との笑顔でのオフショット写真がたくさん出回っているのが、その証左だ。
80年代最初の主題歌、シーナ・イーストン「ユア・アイズ・オンリー」
さて、007といえば、主題歌も魅力のひとつ。80年代に入って最初の007『ユア・アイズ・オンリー』(1981)では、英国スコットランド出身のシーナ・イーストンが熱唱。
前年の80年に『モダン・ガール』でデビューした彼女は、続く『9 To 5 (モーニング・トレイン)』が、81年5/2付ビルボード誌で週間ランキング第1位を獲得した。時あたかも007劇場公開の直前。テーマソング『ユア・アイズ・オンリー(For Your Eyes Only)』は、全米で4位、全英で8位とまたまた大ヒット。シーナはこの曲でグラミー賞をも獲得してしまう。
注目すべきは、映画本篇のタイトルバックにも登場したシーナの麗しき姿。007シリーズで、主題歌のミュージシャンがスクリーンに登場したのは、この作品が初めて。しかもムービータイトルに登場したのは後にも先にも、彼女だけである。
この映画が公開された2ヶ月後にMTVが開局。007はミュージックビデオの時代の幕開けを、いち早く察知していたかのようだ。
「スパイは、世界で2番目に古い専門職であり、しかも1番目と比肩するほど高貴な仕事である」とは、元CIA副長官の名言である(1番目が何か、なんて野暮なことは申しません)。
ロジャー・ムーアが、「ナイト」の爵位と「サー」の称号を授与されたのも、むべなるかな。
ジェームズに合掌。
※2017年5月29日に掲載された記事をアップデート
2020.05.23