6月1日

松田聖子「瑠璃色の地球」僕らのアイドルが歌った “希望” のスタンダード

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松田聖子のアルバム「SUPREME」がリリースされた日(瑠璃色の地球 収録)
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photo:SonyMusic  

松田聖子の代表曲の中で異彩を放つ「瑠璃色の地球」


今や松田聖子の代表曲のひとつといえるようになったが「瑠璃色の地球」という楽曲は、実はシングルカットされたことがない。それなのに1986年6月リリースのアルバム『SUPREME』に収録されて以降、発売された実に15枚ものベストアルバムに収録。アレンジ違いも含めれば、さらに数多くのアルバムに収録されて、人気投票をすれば、最近ではどのランキングを見てもほぼベスト5に入っている。

また昨年末の第71回『NHK紅白歌合戦』では「瑠璃色の地球2020」として歌われ、出場曲として実に3回目の登場となった。さすがに「あなたに逢いたくて」の4回には及ばないが、近い将来、石川さゆりのようにこの2曲のテレコで紅白を回せるようになるのではないかという勢いだ。

初めて紅白で披露されたのは1986年で、この年産休に入っていたためにシングルリリースがなく、同年リリースのアルバムからの1曲という事で選ばれたのがきっかけだった。まさに “聖子ロス” の1年に世に出たからこそ、ある意味幸運な巡り合わせで広く知れ渡ったともいえるだろう。

ごく身近な愛や恋を歌っていた僕らの聖子ちゃんが、半ば唐突に “地球” とか “平和” といった壮大なテーマを歌うようになった。明らかにそれまでのラインナップの中では異彩を放っていた。

その事には多少の驚きと戸惑いもあったが、同時期、彼女の私生活が大きな転機を迎えていたことは、皆が知る事実であり、レコーディングの際、愛娘である神田沙也加は彼女の胎内でこの曲を聴いていたことになる。「やはり母親となると違うな」などとリスナーたちが納得できる背景もあったのだ。

「瑠璃色の地球」が生まれた社会的背景


この頃は80年代に入ってから本格的な洋楽ブームが到来し、国内の音楽界もグローバル化が視野に入って来たところだった。1984年暮れの『バンド・エイド』から、翌85年の『USAフォー・アフリカ』また『ライブ・エイド』へと至る流れは、世界的なチャリティの機運を巻き起こし、音楽で環境破壊や各地の紛争からを世界を救おうという風潮がひろまりつつあった。「瑠璃色の地球」は、そんな社会的背景の中で地球環境の保全を訴求すべく登場し、新たに母性を得たひとりのシンガーによって命を吹き込まれたといえる。

自然災害や紛争などの平和を脅かす出来事、そして昨今、世界的規模にまで広がった新型コロナウイルスの脅威など社会的な困難にさらされた時、我々は音楽に拠り所を求めることがある。「♪ 夜明けの来ない夜はないさ~」と始まるこの曲の歌詞には、 “朝陽” や “光” といった希望の言葉があふれている。

後にジャンルを問わず多くのアーティストたちがこの楽曲をカバーして広めていき、最近ではオリジナルを知らない若い世代の間でもスタンダードになりつつあるということだ。学校の音楽の授業で歌われたり、合唱曲としてコンサートやコンクールで使われることもあって、中にはこの曲が松田聖子の曲だということを最近まで知らなかったという声まであるらしい。作詞を担当した松本隆は、そのことを伝え聞いた際、もはやこの楽曲が制作者の手を離れ、人それぞれに自分なりの「瑠璃色の地球」があることに気付き、深い感銘を受けたという。

危惧されたファン離れ、転換期を支えた松本隆


しかしながら、私個人としてはリリース当時、少々彼女のメディアでの扱いに辟易としていたことを否定できない。1980年のデビュー以来、常に輝いていた彼女のアイドル時代は終わりを告げ、中でも1984年、結婚間近とまで言われた郷ひろみとの破局から、翌85年、“聖輝の結婚” と持て囃された神田正輝との結婚など、その変わり身の早さも手伝って、芸能マスコミを大いに賑わせ続けた。加えて海外進出を視野に入れ始めると、目先を変えるどころか、日本のファンを見切ったと思われかねない最中での産休入りである。

こうしたファン離れが加速しかねない逆風下にあって、チーム聖子は相当な危機感を持って次の打つ手を模索していたはずである。それまで築きあげられた松田聖子像というブランドを守りながら、歌が描く世界観はチューニングを施していく。もはや “僕らのアイドル聖子ちゃん” は、家庭を持った “歌うママドル聖子さん” にステージアップせざるを得なかった。彼女が楽曲中に「あなた」といえば、それは誰しもお相手のことを思い浮かべてしまうから、それは容易なことではない。

この難局にあってプロデューサーを担ったのは、それまで多くの楽曲で作詞を手掛け、全盛期の世界観を支えてきた松本隆であった。アルバム『SUPREME』はこうして新たに迎える1年を乗り切るべく、粛々と制作の準備が整えられていたと思われる。

逆風下のリリースで成功を勝ち得たアルバム「SUPREME」


ジェンダー論的に配慮が必要な問題だが、私生活にでのライフステージの変化への対応など、主として男性ファンをおもな購買層とする女性アイドルにとって、避けられない課題であるから、既にそのための布石はあった。

この頃のチーム聖子ではマンネリを防ぐ意味合いもあってか、海外からのスタッフの招聘や制作陣の入れ替えやなども意欲的に取り組まれていたし、例えば1985年6月リリースの『THE 9th WAVE』では、逆に全楽曲で松本の詞を一切使わないという試みが為されたりもしていた。

世界観のチューニングが喫緊の課題となっていた本アルバム『SUPREME』においては、プロデューサーの片腕ともいえるメインのアレンジャーとして、それまで多くの楽曲で関わりの深い大村雅朗に代わり、武部聡志が抜擢された。彼は昨年の紅白でもキーボーディストとして参加していたのだが、「瑠璃色の地球」が演奏される際には、現在も演奏家として彼女のチームを支えている。

作曲陣でもこれまであまり実績のなかったコンポーザーを起用。もちろん呉田軽穂(松任谷由実)や細野晴臣、大瀧詠一といったお馴染みのキャスト陣が加わることはなかった。かつては松本自身が口にしたように「松田聖子は、はっぴいえんどのリードボーカル」であったかも知れないが、自ら采配を振るったアルバム制作において、その任からは永遠に解放したように感じられる。

まさしく聖子ロスの1年を突いてリリースしたアルバム『SUPREME』は、松田聖子のオリジナルアルバムとしては過去最大のセールスを記録し、彼女の新たな人生の門出を飾った。

コロナ禍で迎えたアニバーサリーイヤー


とりわけアルバムの最後を締めくくる「瑠璃色の地球」は、総指揮を担った松本にとっても特に思い入れの深いものであったことは間違いない。その詞の作風も、それまでの楽曲で多く用いられたような比喩的表現が排除され、情景描写を中心に構成されている。発せられた言葉、ロケーション、刻々と変化する風景を淡々と描き出していく。

“分けてあげたい” “守りたい” という思いは言葉のままであるし、もはや “地球という名の船” は地球そのものだ。果たして瑠璃色がどんな色かは、辞書を引くことはあっても、それは皆が知る衛星写真の色こそが瑠璃色なんだと思える。ストレートで誰にでも普通に伝わるから、その存在感が普遍的なのだろう。

「瑠璃色の地球」が世に出て34年。それ自体は半端で何の意味もないが、2020年は松田聖子がデビューした1980年から40周年を迎えたアニバーサリーイヤーであった。本来であれば記念アルバムのリリースと共に、全国を巡る記念ツアー開催とイベント目白押しの1年となるはずだったが、斯様な社会情勢で延期やキャンセルが相次ぐ結果となってしまった。

グローバリゼーションの象徴、歌い継がれる「瑠璃色の地球」


多くのファンにとっては落胆を伴うことになってしまったが、コロナ禍に苛まれてからというもの、この楽曲はリモートやシェアという行動によって拡散し、また新たな希望の輪を築こうとしている。

実は作者の松本隆にとっても作詞家デビュー50周年の記念イヤーだったという昨年、自身の呼びかけで一般から200名の参加者を募ってオンラインでのコーラスによる共演を実現したという。

そしてまた2021年2月14日には「瑠璃色の地球2020」を含む松田聖子のデビュー40周年を記念したベストアルバムの第2弾「Seiko Matsuda 40th Anniversary Bible -bright moment-」がリリースされる。楽曲単体では既に昨年7月には配信されているから既に耳にした方は多いとは思うが、暗闇に明かりを灯すようなこの曲が少しでも多くの人たちの耳に届くこと… それが、制作者たちの願いなのだと思う。



2021.02.13
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