Kings Road 430番地。
有名なこの番地にはヴィヴィアンとマルコムの店『セディショナリーズ(SEDITIONARIES)』(現『World End』)が今も残っている。
70年代末期から80年代初頭、ピストルズでさえも余り知られていなかった東京から、ステージ用の衣装を購入するためにこの店を訪れたバンドがいた。
バンドの名は、プラスチックス。
日本におけるテクノポップの始祖にして昨今のクラブカルチャーの生みの親と言われているバンド。
先日、表参道 『The Mass』で開催されたセッズ展【71-84】で、膨大な数のオリジナル・セディショナリーズを展示してパンク40周年の節目を祝ったのだが、プラスチックスが着用するセッズはステージ衣装としての役割を課せられている時点で展示用の保存アイテムとは違う輝きを放つ。
ジェイミー・リードによるグラフィックデザインは先鋭的で痛烈な印象を残し、今見ても色褪せない。
このセッズを日本に持ち込んだブティックが今も原宿に現存している。その名は… アストアロボット(A Store Robot)。現在、このお店では中西俊夫が愛用した服を展示する『Katamiwake』が開催されている。
【71-86】展と変わらないじゃないか、と思われるかも知れない。しかし、中西俊夫の遺品は保存用ではなく、主が旅立ってしまった今も出番を待ち構えているかの様な現役感がある。
TVKの『ライブ帝国』に出演した時に着用したシャツまで展示されている。この感覚はアナログレコードを今でも聴き続ける人達と同じ感覚だと思う。【飾るためではなく、着るため、聴くために】
『アストアロボット』は1982年にオープン。Pink Dragonと並び原宿とロンドンそしてR&Rを結びつける役割を果たしていた(このお店は当時中学生の僕には敷居が高く、私が初めて訪れたのは86年になってからであった)。
当時ジョージ・コックス別注のその名も《Robot》というラバーソールが大流行し、ロック好きなら履いてて当然みたいな風潮が地方都市にまで浸透していた。
その頃の原宿は以前より不良が少なくなったとはいえ、地方から小遣いを持って原宿に集まってくる中高生をターゲットに33件もの路上恐喝をしていた23人からなるグループが逮捕されたばかり。
当時のレートでも28,000円程の金額で売られていたRobotのラバーソールは後のエアマックス狩りと同じ様に最高の獲物でもあった。
要するに、買いに行く時も、買った後も危険極まりないない一品であった。それでもどうしても履きたい。ひたすらバイトに励み、やっと貯めた三万円。往復のバス代入れると他に何も買えなかったが胸踊った。
先輩に靴下に挟むのは見破られるとのアドバイスを受け、靴の中敷の下にお金を隠した。Robotのショップバッグではここにお宝あります宣言してるような物なので地元の百貨店の袋を持参した(笑)。
無事、ラバーソウルを手に入れて、それは僕にとってコンバース以上の宝物となった。
最後に30周年に寄せた中西さんの言葉を…
「ロボット30周年おめでとうございます。seditionaries rules! セッズで looking good なのにどうしてほかの服がいるんだろうか?」
2017.07.01
YouTube / overdosejapan
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