9月12日

80年代が持ち得た寛容性「の・ようなもの」シー・ユー・アゲイン・雰囲気

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photo:music.douban  

映画は時代を切り取る。その時代がどんな景色や心象風景を生んでいたか。僕はそれらを「空気の色」と呼んでいるのだが、映画を観ることで時代の色、いや香りまで伝わってくることも多い。

森田芳光監督の『の・ようなもの』は僕にとってそんな映画だ。舞台は東京の下町。くすぶっている20代中頃の若手落語家たちがストーリーを紡ぐ。

主人公は飄々としているのがなんとも魅力的な伊藤克信の演じる「志ん魚(しんとと)」。彼が中心になり、秋吉久美子演じるインテリなソープ嬢「エリザベス」と落語研究会に所属している女子高生・由美との奇妙な三角関係、恋愛「の・ようなもの」が繰り広げられる。

「の・ようなもの」。この実に味わい深いタイトルが映画のキーワードそのものなのだ。それは何者でもなく、何かを成し遂げた状態でもなく空中にふわりと漂う状態のこと。主人公の志ん魚も高座に上がるが真打ではない、言ってみれば落語家であるが肩書きとして掲げられるほどでもない落語家「の・ようなもの」である。

僕はこの映画の公開された10年後に生まれたわけだが、僕の中の勝手なイメージだと80年代には「の・ようなもの」であることが許された最後の時代ではなかったかとも思う。いや、許すも許さぬも畢竟個人の意志と努力であり「時代が云々」などというのは大げさだろう。

しかし何かと不寛容なこのご時世である。そういった意味で81年に公開された『の・ようなもの』には日本の80年代が持ち得た寛容性が「空気の色」として描かれており、そしてそれは文化的な意味で時代がとても豊かであったことの証明ではないかと思う。

森田芳光という撮影所に属さず映画を好きで撮り続けデビューした、いわば映画監督「の・ようなもの」な人間がメジャー作品を発表できたという意味でも、この映画はエポックメイキング的作品であろう。

かといってこの映画が「80年代」の空気だけを閉じ込めてあるから素晴らしい、ということでは勿論ないと思う。「の・ようなもの」な人間はいつの時代にもいるのだ。

勿論僕もその中に含まれるようだが、何者でもない「の・ようなもの」人間の寂しさや焦り。そしてその中でも感じる「何者にでもなれる」ことの楽しみ。『の・ようなもの』を名作にしているのは、その、ふっと心を横切る寂しさや期待の色や匂いを映像に記したという点に尽きるのではないか。

それは単純な意味での「モラトリアム映画」ではない。完璧な人間なぞいないのだから「の・ようなもの」というのは、人間本来の不安でかつ可能性に満ちた在り方ではないかなどとさえも思えてきてしまうのだ。

そんな「空気の色」に満ちた画面には時折音楽ネタが入る。ソニー・クラークや YMO のジャケット、クラフトワークを秋葉原に買いに行くなどなど。そして何よりもこの映画を感傷的にさせているのは尾藤イサオのエンディング曲「シー・ユー・アゲイン・雰囲気」である。

素晴らしいことに「雰囲気」という言葉は「の・ようなもの」そのものなのだ。この曲の「空気の色」は映画と同じく期待と不安と、寂しさ「の・ようなもの」で優しく包まれている。


※2017年11月7日に掲載された記事をアップデート

2019.09.12
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カタリベ
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