9月5日

アーティスト岩崎良美、今こそ実現して欲しい松田聖子とのコラボレーション

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岩崎良美と松田聖子、80年代到来で幕を開けたアイドル新時代


中学から高校にかけての多感な時期を共に過ごした友人の中に、芸能好きなN君がいた。『明星』や『平凡』を欠かさずチェックしていた私と趣味が合い、彼が会長となって発行していた、いろんなランキングや情報を載せたミニコミ誌をいつしか手伝うようになる。月に一度発行されるそれは仲間内に配られ、“会報” と呼ばれてなかなかの人気を博していた。試験前に回ってくる優等生のノートのコピーと同様、学校の近くや通り道で一番安くコピれる店をいつも探して歩いたものである。

1980年、僕らが高校1年になって有力な新人が次々にデビューすると、会報の制作にもより力が注がれた。松田聖子に心を奪われた私に対して、会長のN君は断然岩崎良美推しで、話をしていてちょっと聖子を褒めたりすると途端に不機嫌になるのだった。

思い起こせば、彼は姉の岩崎宏美のことも熱く支持していたはずだから、やはり歌の上手い妹を贔屓にしたのも無理はない。同期デビューのライバルと称された2人は明らかにレベルの高い実力を兼ね備えており、80年代の到来とともに、アイドルの新たな時代が幕を開けたことを象徴していた。

どんどんアーティストっぽくなっていった岩崎良美「ごめんねDarling」


そんなN君の影響もあってか、聖子ファンである私も、岩崎良美のレコードはよく聴いた。特にセカンドシングル「涼風」は資生堂シャワーコロンのCMソングとして頻繁に耳にし、大好きになる。2月にリリースされたデビューシングル「赤と黒」は、ちょっと暗めのトーンだったが、5月リリースの「涼風」はもうすぐ夏が訪れる時期の高揚感と相俟って、聴くたびにワクワクさせられた。サードシングルの「あなた色のマノン」までは芳野藤丸の作曲。

次に出された4thシングル「I THINK SO」もまた、アイドルソングの粋を超えた洒落たポップスナンバーで、作詞の岡田冨美子、作曲の網倉一也、そしてアレンジの船山基紀の見事な仕事ぶりに感心させられた。

2年目以降も、佐藤準、南佳孝、尾崎亜美ら、豪華なライター陣が作品提供を続け、個人的には7thシングル「ごめんねDarling」(作詞・作曲:尾崎亜美、編曲:鈴木茂)がベスト楽曲。やはり優れたナンバーを歌っていた松田聖子がアイドル然としていたのに比べ、岩崎良美はどんどんアーティストっぽくなっていった。もちろん聖子もシングルのみならずアルバムも毎回ヒットさせて既にアーティスト化していたわけだが、岩崎良美の場合は元々の佇まいがアーティストだったのだ。

「タッチ」だけじゃない、ポニーキャニオン時代の他の楽曲も必聴!


1982年になってからの三部作ともいうべき「愛してモナムール」「どきどき旅行」「マルガリータガール」を、作詞:安井かずみ、作曲:加藤和彦、編曲:清水信之が手がけ、「愛してモナムール」では第11回東京音楽祭世界大会に出場し、外国審査員団賞を受賞している。音程やリズム感の素晴らしさだけではなく、この上なく豊かな表現力でメロディの魅力が倍増される好循環が高く評価されたのだ。

アルバムも含めて、もう本当に良曲が目白押しであるのに、アニメ主題歌として大ヒットとなった1985年の「タッチ」がどうしても代表作と呼ばれてしまうことに不満を抱いているアイドルポップスファンはたくさんいることだろう。「タッチ」ももちろん名曲だが、それしか聴いたことのない方々には、1987年までの8年間でシングル25枚、アルバム13枚もリリースされたポニーキャニオン時代の他の楽曲にも耳を傾けて欲しい。

いつか見たい!岩崎良美と松田聖子の歌のコラボ


そして、その後1989年にCBSソニーからたった1枚だけリリースされたアルバム『月夜にGOOD LUCK』も名盤である。ポーナストラックを加えて復刻されたので聴くチャンスは拡大されたはず。

奇しくもライバルだった松田聖子との同名異曲「夏の扉」から始まる、スタイリツシュかつチャーミングなアルバムをもっと多くの人に認識してもらいたい。そして機会があれば、かつてのライバル・松田聖子との歌のコラボが実現しないだろうか… などとつい夢想してしまうのだ。幸いなことに2人とも現役のシンガーなのだから。

ちなみにヨシリン推しだったN君は、卒業後、某大手芸能プロダクションに就職して現在に至る。まさに蛇の道は蛇なのだ。


※2019年6月15日に掲載された記事をアップデート

2021.06.15
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カタリベ
1965年生まれ
鈴木啓之
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