洋楽ディレクターの本質は、アーティストを好きになってもらうこと
1984年の映画『フットルース』及びそのサントラ盤に関しては
『宣伝マンの心意気、音楽のヒットで映画をあてようぜ!— フットルース篇』でも書きましたが、今回のコラムと併せて読んでいただくと、より立体的に理解できるかと思います。
さて、洋楽ディレクターの仕事は、もちろん担当したプロダクツを1枚でも多く売るために知恵を出し工夫をすることですが(マーケティング&プロモーション)、本質はアーティストをデベロップさせることになります。なんだか難しそうな言い方ですが、要するにユーザーであるみなさんに興味をもってもらって、好きになってもらいたいということです。
アーティストに人気がないことには、ヒット曲があってもアルバムを買うまでもなくシングルだけで充分だとか、来日コンサートが決まっても別にどうでもいい、という残念な状況になってしまいます。
人気はあったけれど、スーパースターじゃなかったケニー・ロギンス
さて、映画『フットルース』の主題曲をケニー・ロギンスが歌い、全米でも日本でも映画と音楽が大ヒットしたわけですが、この『フットルース』プロジェクト以前のケニーは、日本でもすでに有名人であり、確実に固定ファンもいて人気もありました。
とは言え、ビジネス的には野球に例えると、決してクリーンナップの一角を任されるわけでなく、その次の6番あたりを打つような位置づけでした。決してスーパースターとか特Aクラスではなかったというわけです。ファンの皆さん、ごめんなさい。
このプロジェクトが全社挙げてのプライオリティとして動き始め、ヒット曲が生まれ、サントラ盤も売れ始めると、ディレクターとしての力は違う方向に注ぐことができるというものです。私はプロジェクトのスタート以来ケニーのことを考えていましたし、この勢いを利用して “いかに彼のブレイクを狙うか” を自分のテーマにしていました。
ミュージックビデオは映画の素材のみ、アーティストが出てこない!
ちなみに、1981年にアメリカではMTVがスタート。ロックと映像が絡み合い、今まで気づかなかったこの親和性が、ハリウッドとレコード会社を結び付け、ひいては『フットルース』プロジェクトを誕生させています。
『フットルース』からのミュージックビデオ(MV)は、映画のティーザーとも呼べるほど、ほとんどが映画からの映像で編集されています。つまり、ケニーが歌う主題曲のMVは、日本のメディアでも数多く使用され、曲は有名になっていきましたが、この映像にケニーは一切登場しないのです。
これでは、曲は知ってるけど歌っている人のことは分かりません。アーティストのブレイクを狙うには、彼の歌っている立ち姿、特に優しい顔したハンサムガイですから “こういう人が歌っているんだよ” とアピールする必要がありました。
また、映画『フットルース』の公開は、アメリカでは2月ですが、日本は7月です。日本では音楽が先行しているわけですから、TVサイドにしても夏まで『フットルース』の話題を取り上げるには新しい映像素材が必要です。
アーティスト性を打ち出すため、本人出演の映像が必要!
こうして、サントラ盤の発売は4月ですが、映像シューティングのOKを取り付け、サンタバーバラにあるケニーのスタジオにて本人の撮影を行うことになりました。しかし、新しいMVを制作するとなると権利処理的、予算的、クオリティコントロール的に… つまりは時間的にもこれは絶望的です。ですから、制作するといっても、従来の「フットルース」のMVに、ケ二-が歌っている姿や演奏している立ち姿をインサートしたものをつくるのが精いっぱいでした。
ケニーが住むサンタバーバラはロサンゼルスの北。サンタモニカから太平洋を左に見ながら海岸線を90分ほどドライブ。スペイン風な雰囲気を醸し出す高級な街並みが現れます。実際、ここはリッチな人々が多く住み、物価も高く、同行したCBSのスタッフも驚いていました。
さて、彼のスタジオからは太平洋に面した横手のドアを開けると、そのままビーチに出れます。自宅は別場所にあり、このスタジオはセカンドハウスを兼ねているようです。
そんな彼のアーティスト性を打ち出すために、実際必要だったのは笑顔と歌っている姿でした。数時間の作業のなかで何度も歌ってもらい、ビーチを走ってもらったり、と実に優しくて協力的なケニーでした。
新しいミュージックビデオは完成したけれど…
こうして「フットルース」本人出演ヴァージョンは無事完成したのですが、実は出来はいまひとつ。もちろん、音楽番組ではひと通り流してくれましたが、ケニーの魅力を伝えるには不十分でした。シンガーとしての顔をアピールすることはできたのですが、アーティスト性を訴求するには中途半端な映像で終わりました。
決して “やっつけ” でやった仕事ではありません。ですが、もとから映画の宣伝を兼ねた映像をメインに、強引にこちらの思惑を入れ込んだものですから無理があったようです。また、我々としては、この映像を軸に置きながら音楽誌やFM誌などのために彼のインタビュー取材もリクエストしていたのですが、ケニーが受けてくれたのはこの映像シューティングだけでした。
ケニー本人にしてみれば、この映画企画はキャリアの中でも単なるビジネスのひとつであって、大事なものではなかったというわけです。全米No.1になっても、本人の気持ち的にはどうだったのか分かりません。もちろん、気合も入り取材に協力的になるのは、自分がオリジナルアルバムを出した時… ですね。
こうして、残念ながら、この本人が出演した映像だけではケニー・ロギンスの人気をさらに高める… というには至らなかったです。サントラ盤としてのアルバム『フットルース』の売上枚数は100万枚を越え、CBSソニー洋楽の記録を更新したほどの大成功でしたが、ケニーの担当者としては、この勢いをアーティストにつなげられなかったことは、やや残念な気持ちでした。
2020.08.29