僕が住んでいる湘南と呼ばれるエリアには、サザンオールスターズのゆかりの地がたくさんある。
江ノ島、由比ヶ浜、エボシ岩、ラチエン通り、取り壊されたけどパシフィックホテル等々。
熱心なファンにとっては、歌に出て来る特別な場所ばかりだろうが、僕らからすると日常の延長線上にある風景だ。そのため、歌から伝わってくる意味合いも変わってくる。より具体的で現実的なものになる。このあたりの感覚は、他の地域に住む人達と少し違うかもしれない。
歌詞だけではない。サザンがアルバム『KAMAKURA(かまくら)』をリリースする際、桑田佳祐がパーソナリティーを務めるラジオ番組で「今度のアルバムのタイトルを当ててください。ヒントは神奈川県にちなんだ4文字の言葉です」と言ったところ、「ダイクマ」という答えが寄せられたのだ。
「ダイクマ」とは、神奈川県を中心に展開していたディスカウントストアの名前である。この話を後になって友人から聞いたときは、さすがに吹き出した。というのも、ダイクマ茅ヶ崎店には何度も足を運んだことがあったからだ。桑田佳祐も「さすがにダイクマはねーだろ」と笑っていたそうだが、このジョークに反応できたのは、おおよそ神奈川県民だけだったと思う。
湘南在住だからといって、サザンオールスターズのファンとは限らないけど、好き嫌いはともかく、こうした「近しさ」を感じてる人は多い気がする。そのあたりも、他の地域に住む人達とは少し違うかもしれない。
そんな『KAMAKURA』にも、湘南をテーマにした曲が収録されている。原由子がヴォーカルをとる「鎌倉物語」がそれだ。実験的な要素の濃いアルバムの中で、一服の清涼剤のような、淡い風情をもった美しい曲である。
とはいえ、歌詞の内容はといえば、浮気性な女性のよこしまな恋を歌ったもので、この辺の崩れたバランスな感覚が、なんとも桑田佳祐らしい。
砂にまみれた 夏の日は言葉もいらない
日影茶屋では お互いに声をひそめてた
夏に海辺をデートしたときは、波音や潮風の中で言葉を必要とせず、日影茶屋では、なんらかの理由で声をひそめる必要があったということだろう。
日影茶屋とは、神奈川県三浦郡葉山町にある創業300年以上の老舗料理屋。子供が2人で来るような店ではないことから、彼女が相応の大人であることがわかる。冠婚葬祭や親睦会などにもよく使われる店なので、なんらかの集まりに同席したのかもしれない。
いつも私は 大人になれなくて
踊る胸に 浮気な癖
要するに、2人の関係は大っぴらにできるものではなく、彼女の浮気も初めてではないのだろう。いけないとわかっているのに、ときめいてしまうのだ。「少女の頃に 彼と出会ってたら」や「彼にもう一度 くちづけされたなら」といったフレーズからも、そんな大人になりきれない女性像が浮かんでくる。
泣かないつもりが 笑顔になれない
あの日の思い出溢れる江の電見つめて
江の電とは、ご存知の通り、鎌倉駅と藤沢駅を単線で結ぶ電車のこと。一部の区間を海沿いの道路と並行して走っている。ある夏の日、2人は江の電に乗って海へ出かけたのだろう。そして今は彼女だけが同じ海に来て、走り過ぎる江の電を見つめている。
はっきりとはわからないが、おそらく2人は深入りすることなく別れたのだろう。過ぎ去った思い出を懐かしむようなメロディーと、原由子の優しい歌声が、僕をそんな気にさせるのだ。
結局、海辺の街とよこしまな気持ちは、切っても切れない関係にある。この歌みたいなことが毎日のように繰り返されている場所で、僕は暮らしている。地元民である桑田佳祐には、その辺の事情がよくわかっているのだろう。
そして、江ノ島が見えてきたら、僕の家も近い。自転車で15分ほどの距離だ。ペダルをこぐそんな僕の横を、江の電が通り過ぎていく。
歌詞引用:
鎌倉物語 / サザンオールスターズ
2018.06.24
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