サンパウロ州、アクリマソン―― 子供の頃、私の家と同じストリートにあったマンションに住んでいた同年代のブラジルの友人たちと仲良くしていたことは過去のコラムでも書きましたが、彼らから受けた影響は本当に大きかったなあ。 私がブラジルから日本に移住する半年前から父は単身赴任で日本へ行ってしまったので、母も父のもとへ訪ねていくことが多く、私はその留守中、友人の家などを転々とすることに。その頃、1週間だけシルビアの家にお世話になったのです。 そう、1つ年下のシルビアとは本当に仲良しで、毎日彼女と一緒に話をしたり、音楽を聴いたり、男の子の話をしたりしていました。 日本食に慣れている私にとっては、ブラジル人の家で一週間滞在し、毎日 “外人食” を食べるのも初めてのこと。滞在3日目には「野菜が食べたいなあ、お味噌汁を飲みたいなあ」などと思っていました。 シルビアが住んでいたマンションはそれほど広くはなかったのですが、キッチンとダイニングルーム、リビング、両親の部屋のほかにシルビア姉妹の部屋がありました。その部屋にはベッドが1台ずつ左右の壁に付けて配置され、それぞれが自分のベッドに面した壁を好きなように飾ったりして♡ それにしても、初めてシルビアの部屋に入った時は色々なものが飾ってあったため、少し驚きました… というのは、私は自分の部屋に何も飾っていなかったから(一人部屋だったし、とてもシンプルにしていた)。 シルビアのベッド側には、ロン毛のアメリカ人5人グループのポスターが飾ってありました。そして、彼女は部屋に入るや否や 「キャー! ジョン、大好き!」 と土足のままベッドに上がり、ポスターのなかにいる一番目立つ男性にキスをしたのです。そんなシルビアを見るのは初めて! 「ねえ、かっこいいでしょ? 彼に会ったら、私死んじゃう!」 彼女はそう言うと、彼らが歌っている曲を私に聴かせました。曲に合わせて彼女が考えた振付を一緒に踊ったのも覚えています。私がシルビアの家に泊まったその週は、彼らの曲をデッキで流して、仲間たちと一緒に夜な夜な路上で踊っていました。 日本に引っ越して約1年半。 私は高校に入学して、帰国子女の先輩たちと一緒にバンドを組み、キーボードを担当していました。スキッド・ロウやボン・ジョヴィをカバー… その中で「禁じられた愛(You Give Love A Bad Name)」を聴かされたとき、シルビアとの思い出のすべてがフラッシュバックしました。 “そうか! あのポスターの男性グループは、ボン・ジョヴィだったのか! シルビアが夢中になっていたのはジョン・ボン・ジョヴィだったんだ!” と―― 当時は何も考えずに聴いたり、踊ったりしたことが、今に繋がっていたことに喜びを感じると同時に、少しの恥ずかしさを覚えました。 彼らの曲を改めて全て聴いてみると、どの曲も本当にいい曲でした。そして、「禁じられた愛」は私にとって特別な曲になったのです。
2018.04.24
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YouTube / BonJoviVEVO
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