9月13日

今だ破れぬ大記録!ライオネル・リッチーはデビューから13曲連続でトップ10入り!

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ライオネル・リッチーのシングル「ダンシング・オン・ザ・シーリング」がビルボードHOT100で最高位(2位)を記録した日
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photo:FANART.TV  

共有感満載の80年代洋楽ヒット!ビルボード最高位2位の妙味 vol. 55
Dancing On The Ceiling / Lionel Richie


マイケル・ジャクソン、プリンス、そしてライオネル・リッチー


ビルボードのシングルチャートにエントリーしたヒットシングルをすべて集計して、アーティスト毎に順位をつけたデータというものが存在している。

そのデータにおいて、1980年代のソウル / R&B 系アーティストの順位を見てみると… 断トツの1位がマイケル・ジャクソン、それに続くのがプリンスと、さすがと言うか80年代の2大スーパースターの名が確認できる。そしてこの2人に次ぐ3番手に名を連ねているのが、ライオネル・リッチーなのだ。

ライオネル以上にヒット連発だったクール&ザ・ギャング、派手なスター街道を敷かれていたホイットニー・ヒューストン、最早生きるレジェンドだったスティーヴィー・ワンダーらを抑えてのライオネル! 日本に伝わってくる以上に、ライオネル・リッチーの海外でのスターっぷりは、それはそれは絶大なものがあったということだ。

実際、ライオネルがヒットチャートを席巻していたその度合いは圧巻の一言。かつて彼が在籍していた人気ファンクバンド、コモドアーズ絶頂期でさえも、比較にならないほどだ(70年代後半、彼らは “黒いビートルズ” と呼ばれていた)。

リリースシングルすべてがトップ20入り!


ソロデビューした1981年から3枚目のアルバムを発売した1986年までのおよそ6年間で、リリースされたシングルは14枚、なんとそのすべてがトップ20入りを果たしている。しかも14枚目のシングル「セラ」だけが最高位20位、それ以外の13曲はすべてトップ10入りの大ヒットを記録していたのだ――

要はデビュー1枚目から13曲連続でトップ10ヒットを放っていたわけで(その内5曲がナンバーワン!)、これはビートルズやプレスリーでさえも成し遂げられなかった、今だ破られぬ大記録である。

1.「エンドレス・ラヴ」(1981年9週1位)
 ※ダイアナ・ロスとのデュエット
2.「トゥルーリー」(1982年1位)
3.「ユー・アー」(1983年4位)
4.「マイ・ラヴ」(1983年5位)
5.「オール・ナイト・ロング」(1983年4週1位)
6.「ラニング・ウィズ・ザ・ナイト」(1984年7位)
7.「ハロー」(1984年1位)
8.「スタック・オン・ユー」(1984年3位)
9.「ペニー・ラヴァー」(1984年8位)
10.「セイ・ユー、セイ・ミー」(1985年4週1位)
 ※映画『ホワイトナイツ』
11.「ダンシング・オン・ザ・シーリング」(1986年2位)
12.「愛に抱かれて(Love Will Conquer All)」(1986年9位)
13.「バレリーナ・ガール」(1987年7位)

圧巻の存在感、ライオネル・リッチーが担った“80年代の洋楽”




どうですか、圧巻じゃあないですか! 男女デュエットの定番となった「エンドレス・ラヴ」、ダジャレで西友のテーマソングにもなった「セイ・ユー、セイ・ミー」あたりが最も共有感の高い作品だろうか。

「オール・ナイト・ロング」や「ハロー」といった全米ナンバーワンソングは、繰り返し地上波で PV を目にしたという方も多いかと思われるし、その他のトップ10ヒットもジャブのような有効打的役割を果たして、思った以上にライオネルの作品群は “80年代洋楽” の重要な一部を担っていたと言える。

ちなみに80年代53番目に生まれたナンバー2ソングが、「ダンシング・オン・ザ・シーリング」(1986年9月2週2位)だった。

これらヒットソング群の蓄積こそがライオネル・リッチーの高い認知度の根幹になっているのだろうが、日本では案外とんねるずの石橋貴明のパロディ “ライオネル・リチオ” が効いていたのかも。


※2018年8月20日に掲載された記事をアップデート

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2022.06.20
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カタリベ
1962年生まれ
KARL南澤
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