誰もが青春時代に挫折感を味わったことがあるだろう。レコードを事前に予約しなかったために買えないという苦い思いも、極めて軽度の挫折の一種といっていいと思う。 自分にとって、その初めての経験は18歳の冬のこと。そのレコードこそが山下達郎「クリスマス・イブ」の12インチ盤だった。 シュガー・ベイブをリアルタイムで聴くのに間に合わなかった自分がようやく山下達郎のことを認識したのは、月並みながら1980年の「RIDE ON TIME」のヒットの時であった。その後、82年の大ヒットアルバム『FOR YOU』は、前年の大滝詠一『A LONG VACATION』に匹敵するシティポップの夏のアルバムとして愛聴し、同年出されたベスト盤『GREATEST HITS! OF TATSURO YAMASHITA』も当然購入。さらに翌83年のアルバム『MELODIES』も発売と同時に買っていたから、そこに収録されていた「クリスマス・イブ」は逸早く聴いている。 アルバムが出されてから半年後の12月、その12インチのピクチャー盤が出されるというので、これは絶対に買わねばと思いつつも、予約するまでには至らなかった。というのもそれまでに何回か店頭でレコードを予約したことがあったのだが、引き取りに行っても同じものが横で普通に売られていたり、初回特典と銘打たれたポスターも普通に買ってもその場で貰えたりしていたから。予約するという行為自体がなにかカッコ悪いように思えてしまっていたのだ。 「クリスマス・イブ」も3万枚の限定盤というけど、発売日に買いに行けば大丈夫だろう。などとたかをくくっていたら、発売当日に何軒もレコード店を廻ってみたが、どの店にも見当たらない。結局予約分だけで完売となってしまったようで、大いに後悔することとなった。中古店でも瞬く間にプレミアがついてしまってとても買える額ではなく、そこそこの値段でやっと入手出来たのは昭和も終わりに近い頃だったと記憶している。 その後、86年には7インチとしてリリース。88年にJR東海『ホームタウン・エクスプレス(X'mas編)』のCMソングに使用されたことでさらにお馴染みとなり、CDシングルでもリリースされる。そして89年12月には遂にシングルチャートで1位を獲得するロングセラーに。以後も様々な形態で何度もリニューアルされながら現在に至る。 今年も2013年に出された30周年のアニヴァーサリーエディションが特製のケースに入れられて店頭に並んでいる。一体これまでに何形態の「クリスマス・イブ」が作られてきたことだろうか。コレクター泣かせである。 詞の内容は孤独な主人公が描かれた「クリスマス・イブ」ではあるが、我が国が誇るスタンダードナンバーとして、「上を向いて歩こう」にも匹敵する楽曲となった。考えてみれば両曲は “ひとりぼっち” “ひとりきり” というキーワードで合致するのだ。アーヴィング・バーリン作による世界一のスタンダードソング「ホワイト・クリスマス」もクリスマスの歌であることを思うと、やはりこの時期に聴く音楽は格別に人々の心を捉える力があるに違いない。もちろん秀でたメロディありきではあるが。 2013年に山下が書き下ろした曲目解説には、「この曲を作った時には、30年後にどうなっていて何を語ろうかなど考えられるはずもない。バロック調のコード進行に合致させるという発想から、歌詞のテーマがクリスマスになったもので、別にクリスマスソングで当ててやろうとか、そういう下心がもとよりあるはずもなく、今となってみれば逆にそれが良かったのかとも思える」と記されていた。スタンダードソングというものは、作者の意図とは別のところで誕生するものなのだろう。 ちなみに「クリスマス・イブ」が主題歌となった映画があったことはあまり知られていないかもしれない。89年に公開された『君は僕をスキになる』がそれ。秋元康が企画し、野島伸司が初めて映画の脚本を手がけた、ハートフルな恋愛コメディであった。
2017.12.24
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