当時、映画を観終えた帰りにレコード屋に直行し、我慢できずにシングル盤を買ってしまったくらい気に入っている。それが角川映画「里見八犬伝」のテーマ曲だった。監督は私が日本映画界で最もアブナイと尊敬する深作欣二。当然のことながら、その本編の内容は音楽以上に超クール。一筋縄ではいかない。
まずは、瘴気と怨念をびんびん感じさせる行進曲にのって、妖婦・玉梓(夏木マリ)とその息子・蟇田素藤(目黒祐樹)の登場である。
酒池肉林と暴虐の限りを尽くし領民を苦しめたため、戦国大名・里見氏によって討ち取られたはずの二人が怨霊となって甦り、妖怪たちと共に黒騎馬軍団を率いて帰ってくる。その城外には里見一族の生首がズラリと並び、首実検が始まると玉梓が薬師丸ひろ子演じる静姫の首だけがないことに気付く。そして、里見家最後の生き残りである静姫に追っ手をかけるところからこの映画は走り出す。
私が思うにこの作品は、当時の若者たちに相当なショックを与えたはず。その際たる場面は、八犬士によって手傷を負った玉梓が、領民たちを殺して集めた血を浴び復活するシーンである。生気を失い、老婆のようになった玉梓が血の養分を吸い取り、若さを取り戻して真っ赤な人工池から全裸で現れる。その妖艶な肉体。夏木マリさんの一糸まとわぬ姿を大スクリーンで目撃してしまった時の衝撃。そこには美しく熟した大人の女の肉体が惜しみなく映し出されていた。
この時、多くの少年たちは見てはいけないものを見てしまったという、何とも言い難い羞恥心を感じたはずだ。そして女の神秘というものを知ったに違いない。
少女たちは怨霊という役柄に恐怖を感じながらも、贅肉を一切まとわないその完璧なプロポーションに憧れを抱いたはずである。
そうやって深作監督はいつも艶やかな大人の女を作り上げては僕たちを惑わせる。「道頓堀川」(1982年)では小料理屋のママ・まち子(松坂慶子)という水商売の女性を描いているが、この時は一回り年下の画学生(真田広之)との濡れ場に心を鷲掴みにされた。歳の離れた二人が愛し合う姿がとにかく純粋で美しかった。この頃、私が『年上の女』に興味を持ってしまったのは、もちろんこの映画のせいである。
それだけじゃない。その前年に公開された「魔界転生」(1981年)では沢田研二さんと真田広之さんとのボーイズラブ紛いのキスシーンなんていう反則技までやってのけた。深作監督は、映画を観る度、何か食べてはいけないもの、禁断の果実といった類いのものを無理やり口に押し込んでくる。劇場の椅子に座ったが最後、エンドマークが出るまで全く油断が出来ない。
そして、当時劇場で映画を観ながら… さすがに気付いたのである。僕たちのひろ子ちゃんが危ないということに…。
我らがひろ子姫は、瞳を潤ませながら八犬士のひとりである親兵衛(真田広之)と唇を交わす。そこにジョン・オバニオンのやさしい歌声が印象的なバラードが流れる。互いに唇を交し合う。目を瞑り、空(くう)を仰ぎ見るひろ子ちゃん。その唇は半ばひらいてしまっている。初めての濡れ場、そこで見せた表情は今まで見せることのなかった大人の女のものだった。
そう、これは深作監督が仕掛けた罠。
愛するが故に無防備にすべてを許し切って半開きになった静姫の愛おしくも可愛らしい唇に、私はまたしても玉砕したのである。
里見八犬伝 / John O'Banion
作詞・作曲:Joey Carbone, Kathi Pinto
発売日:1983年(昭和58年)10月8日
2016.12.03
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