7月13日

睡魔と戦うライヴエイド、眠気を吹っ飛ばしたミック・ジャガーとティナ・ターナー

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アフリカ難民救済チャリティーコンサート「ライヴエイド」がロンドンとフィラデルフィアで開催された日
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ロンドンとフィラデルフィアの二元中継、日本でも放映されたライヴエイド


徹夜がキツい…… そんな年齢だ。20代の頃は頑張れば二晩くらいは徹夜もできた。「♪24時間戦えますか?」という、振り返ると鬼畜のようなCMソングが流れていた時代のこと。しかし、今は無理。絶対に無理! そもそも24時間戦いたくない!!

そこでふと思った。今『ライヴエイド』が開催されていたら、徹夜してテレビで見ることができるだろうか?

1985年7月13日に開催されたチャリティイベント。イギリスのウェンブリー・スタジアムと米JFKスタジアムの二元中継をメインにした、あの一大コンサートは日本でも放映されたが、当然時差の都合で13日中には終わらない。たしか日本での放送時間は、当日の夜から翌日の正午までだったはず。

番組の前半は、時差の都合で先行して始まったウェンブリーのステージがメイン。アメリカとの二元中継になったのは、日本時間26時頃だった気がするが、はっきりとは覚えていない。ともかく、秋田の田舎で暮らしている身には、こんなにもたくさんの外タレ(死語)のパフォーマンスを、まとめて見られる機会はない。“フェス” という気さくな言葉もなかった時期だ。

夢のようだったウェンブリーからの中継、そして迫りくる眠気…


当時19歳のマナブは徹夜する気満々だった。22時くらいにバイトから帰宅して、さて見るぞ! とテレビをつけたら、スタイル・カウンシルが演奏していて、いきなりテンションが上がった。

USよりUK贔屓だったせいもあるが、ウェンブリーからの中継は夢のようだった。ブームタウン・ラッツ、エルヴィス・コステロ、ブライアン・フェリー…… どれも食い入るように見た。極めつけはクイーンだが、それについては以前のコラム『長髪のフレディを知らない子どもたち… の迷いごと ~ クイーンに捧ぐ』で記したので割愛。

ウェンブリーからの中継は、出演者総出の「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス?」で幕となった。日本は、この時点で確か明け方くらいだったろうか。「あー、この後はアメリカのステージオンリーか……」と思いつつ、眠気と戦いながら観進める。

いや、アメリカからの中継も見どころは多かった。脱退したロバート・パーマーに代わって甲高い声でマイケル・デ・バレスがボーカルをとるザ・パワー・ステーション、フィル・コリンズがやたらと楽しそうに見えた再結成レッド・ツェッペリン、大盛り上がりだったデュラン・デュラン…… 面白かった。が、眠気はすぐそこまで迫っていた。

ミック・ジャガーとティナ・ターナー、ロックンロールのいかがわしさを凝縮


こんなことを言うと『ライヴエイド』の本来の趣旨に反してしまうのだが、募金の呼びかけの連続が、観ていてダルくなってくる。いや、わかってますよ。初めにチャリティありきだと。極東の島国のド田舎で、世界的なイベントのおすそ分けをいただいた身として、とりあえず募金もさせていただきました。しかし、徹夜して朝を迎えた身には、音楽のない時間の退屈さがジワジワとコタエてくる。“(募金用の)電話番号は、くれぐれもお間違えのないように” というアナウンスを何度聞いたかわからないが、それは次第に眠気を誘う呪文と化していった。

そんな睡魔を一発で吹っ飛ばしたのが、日本時間午前10時過ぎに登場したミック・ジャガーとティナ・ターナーだ。

ミックとマイケル・ジャクソンの「ステイト・オブ・ショック」を、このふたりでプレイするというのも、まず驚きだったが、そのままチュウするんじゃないかというくらい顔を近づけてシャウトしまくる絵面にぶっとんだ。

続く「イッツ・オンリー・ロックン・ロール」ではミックは上半身裸になるわ、ティナのスカートをはぎ取るわ。それに応えるティナのエンタテイナー的なサービス精神。明らかにセックスを意識したパフォーマンスで、そこにはロックンロールのいかがわしさが凝縮されていた。チャリティであることを、すっかり忘れた一瞬だ。

チャリティシングル「ダンシング・イン・ザ・ストリート」MVも初放映


そういえば、この番組中、ミック・ジャガーとデヴィッド・ボウイのデュエットによるチャリティシングル「ダンシング・イン・ザ・ストリート」のMV初放映というサプライズもあったが、ミックはそこでもボウイにチュウする勢いで顔を近づけて、吠えまくっていた。結局のところ、この人は、どこに置いてもロックンロールになってしまうのだ。

その後のディランとキース、ロニーのアコースティックステージでチルアウトし、ラストの「ウィ・アー・ザ・ワールド」は、ほとんど覚えていないが、とりあえず最後まで観た。完走。がんばった。

こうやってツラツラと思い出し、50代の今、『ライヴエイド』を完走できるかと言われると、やはり自信はない。しかし、好きなことに触れるとか、やりたいことをやっているとか、そういうときは眠気を忘れるものだ。一晩中クラブイベントで遊んで、そのまま競馬場に直行した…… という20代の絶倫期も、それを証明しているじゃないか。じゃあ、50代ではどうやって証明するかって? それは、こうして朝までリマインダーの原稿を書くことに決まってますよ(笑)。


2021.07.13
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カタリベ
1966年生まれ
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