令和7年8月15日、80年の節目を迎える終戦記念日
2025年は昭和100年であり、戦後80年の節目の年でもある。昭和20年(1945年)8月15日 “耐え難きを耐え、忍び難きを忍び…” で始まる、昭和天皇による詔勅が正午より放送されたことから、この日は終戦記念日となった。長く苦しみ抜いた戦争の終焉を、人々が知ったあの日から80年。世界では今もあちこちで戦火が上がる中、この日を境にして日本は戦争に一度も参加していない。
戦争の虚しさや一般の若者が戦いに巻き込まれることの理不尽さを描く
『機動戦士ガンダム』の放映開始は昭和54年(1979年)。アニメブームの火付け役となったことやプラモデル人気、楽曲の良さなど、さまざまな切り口で語られる作品だが、戦争の虚しさや一般の若者が戦いに巻き込まれることの理不尽さを描いた物語という側面も持っている。ガンダムが企画された当初の仮題は “宇宙戦闘団ガンボーイ”。その企画書には、作品のポイントとして次の文言がある。
《一個人が活躍するスーパーヒーローものではありません。同じ環境の中にいたごく普通の若者たちがひとつの突発事件をきっかけに戦うという一点で結ばれ、共同生活を送りはめになります》
“ごく普通の若者たちが戦う” というコンセプトは、初めから設定されていたことが分かる。またこの企画書をベースに、当時37歳の富野喜幸(現:由悠季)が書き上げた『機動戦士ガンダム』の設定書にはこうある。
《シリーズキャプション:君は何に生命をかけられるか?》
《作品テーマ:自由と義務》
《演出テーマ:少年から青春を見上げる》
《映像:修羅の連続》
そして物語の骨子として、こう書かれてある。
《少年たちが一人一人、生き残りへの道をたどる姿を描く》
そう、各テーマと合わせ、まさに戦争中の日本を思わせる内容だ。なぜガンダムは、このような物語となったのだろうか。
必然の積み重ねによって誕生したガンダムの設定
大前提としては、『無敵超人ザンボット3』『無敵鋼人ダイターン3』に続くサンライズのオリジナル作品として、巨大ロボットが登場するアニメというお題があった。そこから富野はまず、兵器としてのロボットを登場させるためには戦争状態である必要があると考えた。スポンサーであるおもちゃ会社からは、80〜100mの巨大ロボを出して欲しいとのオーダーが来るが、現実的に考えた時、その大きさでは物理的に地球上では戦えない。そこで宇宙戦争という舞台を作り、スポンサーには30mと嘘をつきながら、実際の設定上では18mの兵器としてのロボットを作った。
また、戦争を描くためにはリアリズムが必要であり、国家の存在は必須だ。そこで《宇宙を舞台に国同士が戦う》という条件から、宇宙移民者と地球に残っている人たちとの対立構造を作ったことが、ガンダムの舞台設定となったのだ。つまり富野は、ロボット兵器が登場する物語を現実的な状況としてありえることとするために、逆算してガンダムの世界観を作りあげたと言えよう。
《国家同士の戦いだから、宇宙人なんか出している暇はないよ》
富野がそう語る通り、宇宙人対人類ではなく、同じ人類同士の戦いがガンダムでは描かれることになったのだ。
宇宙移民者の独立を願い戦ったジオン軍は大日本帝国軍と似ている?
ではガンダムが所属する地球連邦が、かの戦争における日本の立ち位置かといえば、逆であるという見方が正しい。ジオン公国軍総帥、ギレン・ザビの演説に対し、大勢の兵が “ジーク・ジオン!” と叫ぶ姿をナチスドイツと重ねる見方もあるが、ジオン軍がたどった道はドイツ軍ではなく、むしろ日本軍に近い。
ジオンの戦争目的は宇宙移民者の独立であり、これは植民地支配からのアジア開放が目的だった日本の立場と同じだ。ひとつのスペースコロニーが連邦に挑んだ戦いは、極東の小国が大国に挑んだ太平洋戦争の構図にも似ている。ギレン・ザビの立場を大本営&陸軍参謀とすれば、キシリアとドズルは帝国陸海軍だ。とすればデギン公王が誰にあたるのかは言うまでもないだろう。
ガンダム世界の1年戦争では、ジオン軍はコロニー落としによって大勝利を収めたが、これは日本軍が緒戦で真珠湾攻撃によって大勝利を収めたことと似てはいまいか。ガンダムの登場によって無敵のザクが倒されるようになってしまった構図は、グラマンを始めとする米軍の新兵器によってゼロ戦神話が崩壊したことと似てはいまいか。ア・バオア・クーの陥落を最後に終戦協定が結ばれた流れは、沖縄陥落によりポツダム宣言を受諾したのと似てはいまいか。そもそも、デギン公王が率先して戦争を始めたわけでなく、終盤ではデギン自らが和平の道を模索する姿も、現実のそれと重なる。
こういった見解は公式ではなく、あくまで筆者の考察に過ぎないが、ガンダムにはこういう考えもあるとの思いを巡らせるだけの懐の深さがある。
平和の尊さ、戦争の悲惨さをこれからも語り継いでいくために
戦後80年となった今、“戦争を知らない子供たち” と呼ばれた世代は平和への意識を次世代へと繋いでいく義務がある。実体験として戦争を知る人が少なくなった今、語り継がれる戦争の時代に突入したのだ。
であれば、今年の終戦記念日こそ『機動戦士ガンダム』を視聴してみるのはいかがだろうか。平和への願いをより強く再認識するためにも、またファーストを知らない世代に『機動戦士ガンダム』の魅力を伝えるためにも。風化させてはならない記憶を未来に伝え、平和への願いをより強く胸に刻みたい。
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2025.08.15